米国の新国家防衛戦略がインドとクアッドに求めるもの

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上席研究員・安全保障開発政策研究所ストックホルム南アジア・インド太平洋センターセンター長 ジャガンナート・パンダ

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 2022年10月27日、米国防総省は、「核態勢見直し(NPR)」「ミサイル防衛見直し(MDR)」と共に新しい「国家防衛戦略(NDS)」を公表した。同じく10月に新しく出された「国家安全保障戦略(NSS)」に続くものだ。今回のNDSは、前回2018年にトランプ政権下で公表されたものよりも明確に、現在米国が直面する「中国の挑戦」に焦点を当てている。米国が主要な防衛計画の文書に「中国の挑戦」を明記する今、インド太平洋における米国の同盟国とパートナー国、とりわけクアッド(日米豪印)は、この問題にどのような役割を果たすべきであろうか。
 
引き続き協調される「中国の挑戦」
 NDSは中国を最も深刻な「追いついてくる脅威」、つまり唯一の競争相手として「米国に計画的に挑戦する意図を持ち、そのための能力を強化している」と認識し、国防総省が抑止力を高めるために集中すべき4つの重要分野を挙げる。①他領域で進化する中国の脅威から米国を防衛する ②米国、同盟国、パートナー国に対する戦略的攻撃を抑止する ③侵略を抑止する一方で、必要であれば紛争に勝つための準備をしておく―インド太平洋における中国の脅威を、ヨーロッパにおけるロシア問題に優先させる ④強靭な統合軍とDefense ecosystem (防衛環境の包括的体系)を確立する。
 バイデン政権は、中国が最大の地政学的な脅威であるとの認識を持ち、その防衛上重要なポイントとして「中国から米国内にもたらされる脅威」と「インド太平洋の地域的脅威」の両方に着目するようになった。NSSは、中国が自国の利益や権威主義的趣向に合うように「インド太平洋地域」と「国際システム」を作り変えようと、威圧的で侵略的な行動をとっていると強調する。
 米国が公表したNDSに対して中国国防部は、「中国の通常の軍事的発展を悪し様に言い、脅威を煽る米国の国家安全保障戦略を下敷きにした戦術だ」と批判した。戦略の重点を、インド太平洋やヨーロッパの軍事的危機から、米国の本土防衛に中露がもたらすリスクに移したことは、米国内の軍と重要インフラの脆弱性だけでなく国内政治の脆弱性をも示している。これを中国側も見逃さず、米国の同盟国やパートナー国に揺さぶりをかけ、人民解放軍・海軍の軍事演習を活発に行なって見せた。
 NDSは、米国が抑止を機能させる為に欠かせない同盟国・パートナー国の役割を再確認し、それらの国々との協力を強調する。NSSと同様、新NDSはクアッドに加盟している日豪印に頻繁に言及する。新NDS第6章「同盟国・パートナー国の中に我々米国の戦略を固定し、地域における目的を推し進める」で、クアッドは「先進的な技術協力を通じて利益を拡大する」ためのメカニズムとして強調されている。
 
米国家防衛戦略の中のクアッド
 バイデン政権は、競争力を高める中国と渡り合うためクアッドの重要性を繰り返し強調しており、その協力体制に期待を寄せる。従って、NDSはクアッド加盟国との、科学技術、軍事、情報共有などの分野での協力拡大に言及する。米国は日本との同盟関係をさらに深化させ、戦略計画と優先順位を統合した形に再編し、共同交戦能力を強化することを模索している。さらに、日本も近年「自由で開かれたインド太平洋」構想を打ち出し、東アジア地域における日本の立ち位置と役割を鮮明にするなど、国家安全保障戦略を通じて積極的に発信しているからだ。つまり、これは米国が日本への見方をより深く根本的な所で変化させたことを示す。NDSの中で最初に挙げられた国が日本であり、全体を通して7度も挙げられていることは注目に値する。
 同じくオーストラリアに関しては、現在の米豪関係を2国間同盟に格上げすることを望んでいる一方、米英豪安全保障協力(AUKUS)の利点を強調している。現在オーストラリア政府は、米国政府の戦略計画に従い、米国にとって極めて重要なAUKUSとクアッドの2つに深く関与することで相当な役割を担っている。
 NDSは、クアッド加盟国としては最後にインドについて触れている。特に、インド洋の安定化を促し、中国の拡張主義に対抗するために関係を強化していくことが謳われている。このインドへの言及は中国を抑え込むためのもので、インドを別個の重要な防衛パートナーとして認識するものではなく、これはインド政府が望んでいたものとは違うものだった。 
 
クアッド・パートナーシップとインドの重要性
 何故、米国は同盟国とパートナー国を重視するのか。米国政府はそれらの国々を「グローバル戦略の最大の強み」と認識しており、特にライバルと争っている時には、その強みが地域の安全保障体制を強化し得ると考えている。インド太平洋においては、科学技術分野が競争の中心をなし、その重要性が増している。それ故米国は、複数の多国間グループの結成とその共同運用を通じて優位に立とうとしている。そのためには、この地域・グループにおいて中国に対抗し得る能力を持つこと、とりわけ、急速な技術革新に追いつくことが求められる。しかし、これを達成するには、米国とその同盟国はまずいくつかの障壁を乗り越えなければならない。それは、完全な情報共有と技術協力、つまり互いの潜在能力を引き出すことを妨げている障壁である。
 米国防総省の高官は、NDS策定の過程で安全保障環境に関する多くの見解を理解し取り入れるために、同盟国の意見を聞いたと述べている。NDSは、中国からの「グレーゾーンの威圧」が南シナ海・東シナ海の領有権問題や中印国境問題に及べば、これに対処するために米国はインド太平洋地域の同盟国やパートナー国に支援を与えると明記している。米国政府の多くの声明や約束によって保証されたNDSを同盟国は歓迎するだろうと分析されており、クアッド加盟国が安全保障環境に関する見方を米国に合わせてきているという米国の想定もあながち間違ってはいない。
 インドにとって、中国と睨み合いが続く中印国境は心配の種であり続ける。一方で、米国もまた中国を重大な「地政学的挑戦」「主要な脅威」と見做している。米印の間でも共同軍事訓練、共同運用へと進んでいくだろう。日本にとっても同様で、中国は地政学的挑戦である。特に台湾や南シナ海といった地域での緊張が発火点まで高まれば、間違いなく日米同盟を通じて紛争に巻き込まれると日本は見ている。オーストラリアもまた、中国との「グレーゾーン紛争」の中にいると考えている。従って、クアッド加盟国は全て、安全保障環境への懸念を共有し、中国に対抗するため力を共有することを望み、そのために米国がインド太平洋に関与し、同盟国との協力関係をてこ入れすることを期待している。
 しかしながら、新NDSは明らかに好戦的で、中国との将来起こり得る紛争に備えるのみならず、米国は既にいま中国との対立のただ中にあることを表明するものだとの批判の声もある。事実、NDSは同盟国・パートナー国を強化することを優先する一方で、中国に対してひどく辛辣で、中国を排除しようとするものでもある。米国が中国に責任があると非難する、極めて不安定化した世界に安定をもたらすが、NDSは実際にはアジア太平洋地域を二分するものとして見られるだろう。それ故、クアッド加盟国がこの好戦的な立場を本当に望んでいるか否かに加え、軍事・技術の発達も考慮しつつ中国の反応を見ることが重要である。クアッドがどれだけ明確に中国に対抗し得るグループであるか、あるいはあるべきか、クアッド内でもしばらく議論されてきた。そして、今、米国はその答えを出したように見える。