リベラル・メディアが報じないアメリカの出来事

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 アメリカの政治が躍動的である。民主党のリベラル派がバイデン政権を動かして、国政での傾きをさらに左方向へ、左方向へ、とプッシュしてきた流れに、大きなストップがかかったのだ。このストップは保守派、というよりはアメリカ国民の中間層の多数派からの左系の過激な政策へのノーだといえる。
 
 具体的にはアメリカ連邦最高裁判所がこの6月に下した二つの判決である。この両判決の重みは歴史的とさえいえる。とくに重大なのはアメリカの有名大学が長年、実施してきた入学生の選抜で黒人だけを優先する「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)」を憲法違反と断じた判決だった。
 もう一つはバイデン大統領が出していた学生ローンの返済を免除するという措置を無効だとした判決である。学生の授業料などのために公的資金を使って貸し出しをしてきた巨額のローンの多くの部分を返さなくてもよい、とする大統領命令だった。最高裁はこの措置も議会の承認が必要だとする見解を示したのだ。
 日本のほとんどのメディアはこの二つの判決を単に「保守寄り」とか「国民の不信、深刻」という表現で不当な判断であるかのように報じている。だがこの両案件とも、そもそもリベラル派が強引にプッシュした動きであり、その措置に反対するアメリカ国民も多かったのだ。だから今回の最高裁の判決は、少数の保守派が国全体を不当に特定方向へ動かす、というような動きではないのである。常識の復活、あるいは理性の復元とさえ呼べるのだ。
 だが日本のメディアは決してそんなふうには報じない。リベラル派の政策や主張が正しく、それを是正する保守派の動きは、好ましくない、民主主義にも反すると断じるような傾向なのだ。日本のメディアでのこの傾向は明らかにアメリカの主要メディアの偏向の影響だといえる。
 日本の大手メディアが依存する米側のニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNテレビなどはみな明確な民主党支持なのだ。だから保守対リベラルという政策の対立でも、ほとんどの場合、リベラル派を支持して、その政策こそがアメリカ国民全体の意思であるかのように報道する。保守的な政策はいかにも少数派だけが支持する異端であるかのように描写する。
 だからこれら民主党びいきの米側大手メディアはワシントンで展開する国政の流れでも、民主党やリベラル派が不利になる動きを無視、あるいは軽視することが多い。バイデン政権、あるいは民主党にとっての不利な現象、さらにはバイデン大統領自身のミスや統治能力の不足には触れることが少ない。
 
 そんな最近の事例を紹介しよう。ドナルド・トランプ前大統領にぶつけられた「ロシア疑惑」が虚構だったという認定が連邦議会の下院本会議で確認されたのだ。だがこの事実を日本側の主要メディアはほとんど報じていない。私のみた範囲ではゼロだった。
 ではどんな出来事だったのか。
 アメリカ議会下院は6月21日、トランプ前大統領のロシア疑惑を議会で事実のように提示して追及してきた民主党有力議員を虚偽発言などの理由で非難する問責決議を採択した。この展開は民主党側の年来の立法、司法の機関を巻き込んでのトランプ氏攻撃の最大要素だったロシア疑惑が民主党側によるフェイクの情報だったことを改めて立証したこととなる。こんごの大統領選でも民主党側のトランプ叩きや共和党攻撃の信頼性を削ぐ影響も予測される。
 連邦議会の下院本会議は21日、昨年末まで下院情報特別委員会の委員長を務めたアダム・シフ議員に対する問責決議案を賛成213票、反対209票で可決した。シフ議員はカリフォルニア州選出、当選12回の民主党ベテランで下院では近年、情報特別委員会の委員長としてトランプ氏にかかるロシア疑惑の追及の先頭に立ってきた。
 ロシア疑惑は周知のように2016年の大統領選でトランプ氏とその選対本部がロシア政府の工作員と共謀してアメリカ有権者の投票を不正に操ったとする糾弾だった。民主党側はトランプ政権の誕生時からこの疑惑を多方面から追及し、特別検察官まで任命して本格的な捜査にあたった。だが2年近くの捜査の結果、疑惑には根拠がないことが判明した。
 今回の下院決議は議会でのこの疑惑の追及過程でシフ議員がトランプ氏のロシア政府との共謀には確固たる証拠があるとして有罪と断定する言葉を頻繁に述べてきたことを虚偽発言と断じて、その責任を衝いていた。
 同決議の骨子は以下のようだった。
  • トランプ氏とロシア政府との共謀の事実はないという総括がモラー特別検察官、ホロウィッツ司法省監察官、ダーラム特別検察官の個々の捜査の結果、判明していたが、シフ議員は議会公聴会で一貫して「共謀の証拠を持っている」と断言し、議会とアメリカ国民をだました。

  • シフ議員はとくにイギリス政府の元諜報員が米側民主党筋の委託で作成した「スティール文書」のトランプ氏に関する虚偽の記述を事実として宣伝し、米議会下院の公式議事録に記載して、意図的に議会に誤認させた。

  • 下院はその結果、シフ議員の虚偽発言を非難する問責決議を本会議の場で議長が同議員に対して読みあげ、同議員の不正な行動に対して下院倫理委員会が特別の調査を開始して、その責任を追及することを決めた。

 以上のように同決議はシフ議員が「議会、同委員会、米国民を意図的にだました」という厳しい記述で同議員を糾弾していた。下院議員が問責処分を受けるのはアメリカ議会の長い歴史でもシフ議員が25人目、この20年間では3人目だという。

 同議員自身も同僚の民主党議員も共和党主導のこの問責決議に反対票を投じたが、下院本会議として公式に同決議を採択した結果、トランプ氏にかかったロシア政府との共謀という非難には根拠がないとする総括を連邦議会の下院全体として公式に認めたこととなった。
 しかもトランプ氏の「疑惑」を宣伝した議員に議会として懲罰を加えるという展開はバイデン政権司法省下の検察や連邦捜査局(FBI)がなお進めるトランプ氏に対する他の捜査や起訴の措置への共和党側の団結した強固な反撃とも認識される。
 その結果、トランプ氏を中核とするこんごの大統領選キャンペーンでは民主、共和の激突がさらに錯綜し、加熱する見通しともなってきた。その激突は現段階では共和党側が一時的にせよ、優位に立った観がある。だが日本の主要な新聞、テレビの報道ではそんな構図はまず浮かんでこない。