「勝つための信念はあるのか」

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会長・政治評論家 屋山太郎

 自民党・内閣の人事を刷新した上で、岸田文雄首相は総選挙を行うようである。
 この思惑の底には目新しい人材、優秀そうな大臣を並べれば、選挙はそこそこ勝つという安易な考え方が見える。安倍晋三政権は衆参六回の勝利を収めた。その調子に乗れば勝てるかもしれないと思っているようだが、この思想なら勝てるという強い信念が伝わってこない。
 この六勝には常に安倍氏の「憲法改正」の意志が貫かれていた。当初は「九条の廃止、自衛隊を認める」という思惑だった。だが回を進めるにつれ「九条はそのままでも良い。『自衛隊を認める』と追記するだけでも良い」と確実な憲法改正を目指すようになった。いま「自衛隊」についての世論調査をすれば、「認める」レベルは半数を超えるだろう。
 それには国際情勢の大変化がある。日本社会党が誕生した頃、「非武装中立」論に人気が沸いた。じっと縮こまっているのが最も安全と思えたし、中国・ソ連がいきなり襲ってくるには米国に弱すぎた。しかし、二〇一〇年代から中国は軍備拡充を進め、二〇二一年段階では艦艇数が三百四十八隻と、わずかな期間で世界一を誇る大海軍になったのである。こうなると台湾周辺の海を艦艇で埋めてしまうと考えていた米軍の戦略は通用しなくなった。
 加えて中国の習近平国家主席は三期目の任期を手にした。どんな失敗をしても許される。習氏が二〇二七年までに台湾を取るようにと指示したと言われている。ある軍事専門家によると、この時点で米中総力戦となれば、中国優位だと言う。米国が中国との話し合い路線を模索し始めたのは、和・戦両様の手段が必要だと判断したからだろう。
 こういう微妙な時期に起こったのがウクライナ戦争だ。いきなりの戦争によってのんびり構えていた台湾問題に激震が走った。安倍氏は「台湾有事は日本有事である」と語った。これは皆が腹に抱えていた自覚だったが、これほど的確な表現はなかった。
 数年のうちに戦争が起こるかもしれない状況を控え、選挙で国民はどう答えるべきか。憲法改正反対の答えを出しても、国家に対して一ミリの貢献にもならない。憲法改正派の数を増やすしかない。
 岸田氏は、中国は本気で「尖閣諸島を取りに来ている」と認識しているそうである。そう信じているなら、総選挙の前に「核」の問題を国民と議論しておくべきだった。日本への核攻撃の可能性は高いのだから、反撃のための核をどうするか、原則を決めておくべきだ。非核三原則の「持たず、作らず、持ち込ませず」のうちの「持ち込ませず」を削除すべきだ。対抗措置として、米軍の核を日本の空軍基地や艦船に積むことを自由にする。これは北大西洋条約機構(NATO)諸国がやっていることだ。
 五月の先進七カ国(G7)広島サミットの際、岸田氏は広島でお祈りをしたが、皆で祈りをささげれば核攻撃がなくなるわけではない。安倍氏なら、唯一の被爆国として、あそこで核問題の議論をしただろう。何らかの手を打っておけば改憲への議論の道も開けたかもしれない。
 もともと核問題というような大問題は大きな座敷を作って、そこで議論すべきもの。問題が世界的になって、「日本はどうすべきか」を皆が議論する場面を生み出せるかもしれない。日本は「安保理が壊れている」問題を指摘していたが、その修理を目的に国連全体の改革に発展できるかもしれない。安倍氏は「地球規模で考えよ」と述べていたが、その発想をもって日米豪印(QUAD)の構想を思いついたのだろう。ところで岸田氏は何を願って新内閣をつくったのか。
(「正論」令和5年11月号より転載)