ラトビア大使表敬訪問

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研究員 増永真悟

 5月22日、JFSS長野禮子事務局長がズィグマールス=ズィルガルヴィス駐日ラトビア共和国特命全権大使を表敬訪問した。ズィルガルヴィス大使は過去にラトビア外務省対外貿易・対外協力促進部長などを務めるなど、経済に造詣が深い外交官として知られている。
 まず大使から、日本での快適な生活ぶりについての話に続き、日本外交、特に対ロシアとの領土問題(北方四島返還)交渉についての言及があった。それについて長野は、「確かに近年、ロシアに対する前のめりと思える外交が一時期あった。結果として何も進まなかった。そして今、ロシアのウクライナ侵攻によって問題解決の道はさらに遠のいたが、日本は諦めることなく、北方領土返還を求め続けていくだろう」と述べ、大使も「そのことを支持する」とした。
 大使はまた、日本が今次のウクライナ侵攻によるロシア制裁に動いたことで、過去、平和条約交渉再開の対価として日本に要求してきた対露経済協力が今、当初の計画通りに進んでいない事を振り返り、常にロシアと対峙してきたラトビアの経験則として、日本に同国への更なる警戒を呼び掛けた。
 大使はここで、ウクライナ戦争開戦によって、それまで液化天然ガス(LNG)を100%ロシアに依存していたラトビアは徐々に輸入制限を行い、エネルギー価格が高騰するも、ラトビア国民は開戦前の価格に戻るまで耐え抜いた。その事実を紹介した。
 ラトビアの電力価格は、ウクライナ開戦後の2022年8月には過去最高の1メガワットアワー(MWh)当たり467ユーロ(約79,240円)に達したが、その後のリトアニアのクライペダLNGターミナル(2014年稼働開始)などからのLNG供給により、2024年4月時点では21年2月頃と同程度の価格である、1MWh当たり60ユーロ(約10,180円)まで下げることができた。
 長野からは今、日本の正面にある安全保障問題として、JFSSが今年も7月に開催予定の「第4回台湾海峡危機政策シミュレーション」の開催目的、その概要についての説明があった。台湾海峡の自由航行の重要性については、今回も安全保障環境の懸念が自ずと浮かび上がってくる「東アジア地勢図」が大いに役立った。実際に台湾有事が勃発し、台湾海峡の制海権が中国に奪われれば、大幅な航路変更が必要となり、エネルギー、食糧等々の運搬、流通、それにかかる費用拡大が日本経済に大きく影響することは自明である。そうならないための抑止力強化がいかに重要であるかを日本国民に理解してもらうべく、マスコミ公開のシミュレーション開催としたこと。さらには、年々厳しさを増すシナリオを基に日米台の連携強化と、現役の政治家が閣僚役として参加するシミュレーションの意義についての説明もなされた。
 先月のリトアニア大使表敬訪問に始まり、エストニア大使表敬訪問、ラトビア大使表敬訪問とバルト三国の大使との面談が叶い、それぞれの国柄や日本との共通点、今後の課題について多くを知ることができた。
 日本とこの三国が覇権主義国ロシアを挟んでの隣国同士であること、共に自由と民主主義という価値観を共有していること、有事の時こそ同志国として協調する事が重要である――との認識を深くした。今後の交流拡大を目指したい。
 
 
東アジア地勢図を前に、東アジアの安全保障について語るズィルガルヴィス特命全権大使(中央)、カシェヴスキス参事官(右端)、長野事務局長(左端)。
 
《ラトビアについて》
 ラトビアはエストニア・リトアニアと同じくバルト三国に属する一国で1991年にソ連から独立を回復した、人口約189万人の国だ。日本では特に女性の間でラトビア製工芸品や夏季に農村での素朴な暮らしを経験するスローツーリズムの旅行先として近年人気が高まっている。
 日本におけるラトビアのあまり知られざる側面として、同国は戦前から現在に至るまで航空産業、精密機械工業、通信技術など技術立国としての政策を進めてきた歴史がある。過去には、陸上自衛隊の次期狭域用UAVにラトビア製のAtlas PROが候補として挙げられていた事がある。また、ラトビアは次世代通信技術である5Gの開発も得意としており、ラトビア軍のアーダジ基地内にはNATOの防衛イノベーションアクセラレータプログラムであるディアナ(DIANA)の5G試験・開発拠点が置かれている。
 一方で、ラトビアは日本にとって有益なソ連情報収集拠点だった歴史があり、1929年秋から、ラトビアが武力でソ連に併合された40年夏までバルト三国全体を統括する在ラトビア日本公使館や公使館附陸軍武官室が置かれていた。また、リガには1924年から39年頃まで、陸軍大学校を出たばかりの大尉クラスの軍人が2年程度の任期でロシア語研修のために派遣されており、河辺虎四郎や林三郎といった人物らが参加していた。
 現在の日本・ラトビア間防衛協力としては、2022年10月に着任した在リトアニア防衛駐在官がラトビアを兼轄しており、今年5月4日に東部のレーゼクネ市で開催された、34回目となるラトビアの旧ソ連からの独立回復記念日パレードに在リトアニア防衛駐在官が出席している。今年度中に実現するとみられているエストニアへの防衛駐在官派遣も併せ、戦後初めてバルト三国全てがエストニア防衛駐在官、リトアニア防衛駐在官によって管轄される事となり、日本とバルト三国間の対外情報収集協力・防衛技術協力が今後ますます促進される事を期待する。
 
ラトビアの首都リガ(Riga)。13世紀にハンザ同盟に加盟して以降、バルト海の経済的要衝として発展を続けてきたが、第二次世界大戦中の独ソ戦によって写真の旧市街は大きな被害を受けた。写真に写る多くの建物は戦後に再建され、現在は旧市街全体が世界遺産に登録されている。