北朝鮮の最新鋭駆逐艦の事故はなぜ起きたのか

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政策提言委員・金沢工業大学特任教授 藤谷昌敏

 朝鮮人民軍の創設は1948年2月8日とされ、当初はソ連から帰国したソ連派、中国共産党指揮下の朝鮮義勇軍から帰国した延安派と呼ばれる幹部が大きな役割を担っていた。朝鮮系の将兵によって構成されていた中国人民解放軍第164師団、第165師団、第166師団が、第二次国共内戦後に帰国したことで、量的にも質的にも韓国軍より優勢の軍事力を持つに至った。これが朝鮮戦争勃発の原因の1つともなった。
 現在の朝鮮人民軍の戦力は、陸軍102万人、海軍6万人、空軍11万人の合計120万人とされる。このうち、海軍は潜水艦92隻、フリゲート艦3隻、コルベット艦6隻、ミサイル艇43隻、大型巡視艇158隻、高速魚雷艇103隻、哨戒艦艇334隻以上、輸送艦艇10隻、沿岸防衛ミサイル発射台2台、ホバークラフト130隻、掃海挺23隻、小型艇8隻、測量船4隻を保有している(米国防総省)。北朝鮮海軍の性質は沿岸海軍であり、特殊部隊浸透支援と沿岸防衛に特化している。艦艇は、いずれも老朽化が目立ち、近代戦を戦える状況ではない。ただ、2021年、潜水艦発射型弾道ミサイル( submarine-launched ballistic missile, SLBM)を発射可能な潜水艦を建造したと言われる。
 続いて2025年4月25日には、南浦造船所で5000トン級駆逐艦「崔賢」(チェヒョン)が進水した。北朝鮮の金正恩総書記は、進水式で「来年も同級の戦闘艦を建造し、早期により大型の巡洋艦や護衛艦も建造する計画がある。この駆逐艦の装備構成について言えば、対空・対艦・対潜・対弾道ミサイル能力は言うまでもなく、攻撃手段、すなわち超音速戦略巡航ミサイル、戦術弾道ミサイルをはじめ陸上打撃作戦能力を最大限に強化できる武装システムが搭載され、多目的水上作戦を遂行できるようになる」と発表した。崔賢の特徴は、前甲板に127ミリ主砲、砲塔と艦橋付近に2ヵ所74基のミサイル垂直発射装置(VLS)があることだろう。そして随所にロシアからの技術移転による兵器システムが見られる。朝鮮中央通信によれば、「崔賢」の初の兵器システムの試験が4月28、29の両日に行われ、28日に、超音速巡航ミサイルと戦略巡航ミサイル、対空ミサイルの試験発射と127ミリ艦上自動砲の試験射撃が行われたという。ただし、衛星写真によれば、式典のわずか数日後に同艦がタグボートでドックへと戻される様子が映っていたことから、まだ自力で航行できない可能性があり、完全な形で配備されるのにはまだかなりの時間がかかりそうだ。

新型艦が進水式で破損
 そうした中、5月21日には、北朝鮮の咸鏡北道清津市(ハムギョンブクト・チョンジンシ)の造船所で、新たな5,000トン級のミサイル駆逐艦の進水式が行われた。先の新型駆逐艦「崔賢(チェヒョン)」 と同級と推定されており、北朝鮮海軍は、今後、これら2隻を含む同型艦4隻を建造し、東海艦隊、西海艦隊に配備するものとみられる。
 ところが、この進水式で、新型艦の船尾が想定より早く水中に入り、船体の一部が破損して、船首が船台に残ったままになり、転覆状態となった。事件を目の当たりにした金正恩氏は、進水の失敗を「犯罪行為」と糾弾し、複数の国家機関による「完全な不注意」並びに「無責任」が原因だと非難した。そこには朝鮮労働党軍需工業部や金策工業総合大学(キムチェク)、国家科学院力学研究所、中央船舶設計研究所、清津造船所など軍事関係の主要機関が含まれている。金正恩氏が、さらに多くの駆逐艦、巡洋艦、フリゲート艦を建造する意欲を表明していた矢先のことで、金正恩氏のみならず、北朝鮮にとっても大きな痛手となっただろう。

 
軍艦の建造経験がなかった清津造船所
 朝鮮中央通信は、清津造船所の事故について「打ち上げプロセス中に重大な事故が発生した。経験不足の指揮と運用上の過失により、船尾部分の発射ソリが時期尚早に外れて座礁につながり、一部のセクションでの船体破損により船のバランスが崩れ、船首部分が発射プラットフォームから外れなかった」と報道した。
 そもそも進水式の方法には、造船台に乗ったままドックに水を注入して進水式とする「ドック進水」と、造船台から進水台を滑り水面に入水する「船台進水」がある。このうち、造船台から進水台を滑り水面へと入る進水式の場合、通常は船側または船尾から水に入る。横方向に進水する方法は、横方向進水工法と言い、従来の縦方向進水に比べて、ドックの設置やメンテナンスコストを削減し、スペースの有効活用を図ることができる。ただし、横方向進水工法は、進水作業中に大きな重量の船体を水中に滑走させるため、急激な応力がかかり、事故のリスクが伴う。進水作業は一度きりの作業であり、事前の計画や準備が不十分であると、船体や人命に重大な影響を及ぼす可能性がある。特に、進水時の不具合や予期しない事態が発生すると、船体の損傷や作業員の安全に関わることがある。
 建造していた清津造船所は、元々、民間の船舶を建造する施設で、軍艦の建造は初めてで、大型艦の横方向進水工法にも知識・経験が不足していた。また、現在の清津造船所では、損傷した駆逐艦の修復に必要な設備がなく、技術も不足しており、修復には今後、数ヵ月以上の時間が必要とも推測されている。
 
北朝鮮に対抗する日米韓のスクラム
 米韓両国は、これまで戦争抑止策として「北朝鮮のミサイル発射の兆候を察知次第、先制攻撃および報復する」という戦略を立ててきた。しかし、大量のドローンと共に海上、海中、地上から同時多発的にミサイルを発射する、いわゆる「飽和攻撃」を仕掛けられた場合、韓国の防空網では対処が困難だという懸念がある。北朝鮮が地上のミサイル基地や移動式発射台(TEL、ミサイルを移動してそのまま発射可能)に加え、水上艦艇や潜水艦など、米・韓国軍が探知しにくいミサイル発射手段を増強する中、韓国の「キルチェーン」(戦闘において、目標を識別し、追跡し、攻撃し、破壊するための一連の段階的なプロセスのこと)が無力化されるのではないかという危機感が一層、高まっている。
 それとともに軍事専門家は、韓国も核弾道ミサイル搭載可能な原子力推進潜水艦や空母、無人機搭載艦などを配備して北朝鮮軍の動きを抑止すべきだと主張する。日本も対岸の火事と座視しているわけにはいかない。北朝鮮からの地上発射のミサイルに備えるだけではなく、米韓と組んで、北朝鮮の海軍力にも十分、注視していかなければならないだろう。