高市総理が台湾有事における集団的自衛権に言及、猛反発する中国政府

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政策提言委員・金沢工業大学特任教授 藤谷昌敏

 2025年11月7日、衆院予算委員会で高市早苗総理が「台湾有事は日本の『存立危機事態』になり得る」と明言したことで、中国側に集団的自衛権の行使を正当化する可能性があると受け取られ、「日本が台湾防衛に踏み込んだ」と強く反発された。中国外務省は日本の駐中国大使を呼び出し、発言の撤回を要求したほか、中国・薛剣駐大阪総領事がSNSで「その汚い首を斬ってやるしかない」と投稿し、中国外交部報道官が「日本が火遊びをすれば、痛烈な反撃を受ける」と警告する事態にまで発展した。さらに中国政府は日本への渡航自粛を国民に呼びかけ、中国教育省は日本への留学に対しても控えるように注意喚起した。一部の経済専門家は、これらの中国の処置によりインバウンド消費減少によるGDP押し下げ効果は約1.79兆円(0.29%)と試算した。その後、福島原発の核処理水を問題として輸入禁止とされていたホタテなどの水産物の輸入解禁も中止された。
 また、中国のSNSや中国メディアでは「軍国主義の亡霊」「歴史的に危険な転換」と非難が集中し、中国中央テレビは「悔い改めなければ日本の破滅は永遠」とまで報道した。そして、11月18日には、中国外交部の劉勁松アジア局長が険しい表情でポケットに手を入れたまま、日本外務省の金井正彰アジア大洋州局長に応対する映像が拡散した。金井局長は、頭を下げたまま劉局長の発言を聞いているかのように見え、日本側にとっては屈辱的な場面とも受け取られた。日本側からは中国側の無礼な態度に強い非難が浴びせられた。
 ここで問題となった「存立危機事態」とは、日本と密接な関係にある他国が攻撃された場合、日本の存立が脅かされた場合、国民の生命・自由・幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合などの三要件が満たされた場合に限り、必要最小限度の武力行使が認められることである。例えば中国が台湾に武力攻撃を行い、それに伴って米軍が攻撃された場合、日本の安全保障に重大な影響が及ぶ可能性があるとして「存立危機事態」に該当するかが議論される。台湾を守るために日本が武力行使するという誤解があるが、実際には「米軍が攻撃され、それが日本の存立に関わる場合」に限られる。
 中国は、なぜこれほど高市総理の発言に過剰反応したのだろうか。その理由は、高市総理が台湾有事への日本の関与の可能性を限定的ながら明言したことで、①台湾に孤立感を深めさせようとする中国の心理戦が否定されてしまったこと ②日本の存在が中国の対台湾戦略への重大な牽制となったこと ③中国人民の低迷する経済、不動産崩壊、就職不況などに対する不満の矛先を国外に向けさせようとしたこと――などが挙げられる。
 
何度も繰り返される日中対立
(1)尖閣諸島沖の漁船衝突事件(2010年)
 沖縄県・尖閣諸島(中国名:釣魚島)沖の日本領海内において、中国漁船「閩晋漁5179号」と海上保安庁の巡視船が衝突した。中国漁船は巡視船に故意に2度衝突したため、船長を含む乗組員が拿捕され、船長は公務執行妨害容疑で逮捕された。中国側は、駐日大使の召還、外務省による抗議、ハイレベル交流の停止、レアアースの対日輸出を事実上停止(通関手続きの遅延)、青少年交流・観光団体の訪日中止、中国国内での反日デモ、メディアによる日本批判などを行った。これに対して日本政府は、漁船の船長を釈放した。これを機に日本側では「経済安全保障」や「レアアース依存脱却」の議論が加速し、豪州や東南アジアとの資源協力強化やレアアース不要の代替技術開発などが進展した。
 
(2)尖閣諸島国有化宣言(2012年)
 日本政府(野田政権)が尖閣諸島(魚釣島、北小島、南小島)を地権者から約20.5億円で購入し、国有化した。石原慎太郎都知事による購入計画が中国の反発を招くことを懸念して、野田政権が政府主導で国有化を決断したものだが、中国側は強く反発した。中国側は外交ルートでの抗議、首脳級交流の停止、日本製品の不買運動、日系企業への攻撃・操業停止、中国国内での大規模反日デモ(北京・上海など)、公船の尖閣周辺への常態的派遣などを行った。日本側は当時、「国有化」ではなく、「著しい現状変更は行わない」というニュアンスを込めて「所有権の移転」という表現を使い、その後も、「尖閣諸島を巡る対立をあおりたくない」という考えを中国側に伝え続けた。だが、中国側は、日本の説明を無視するような行動を続け、公式の場で日本を非難する発言が続いた。7月には、中国の漁業監視船3隻が尖閣諸島周辺の日本領海に侵入した。この事件以降、中国公船の尖閣諸島周辺への侵入が始まり、日中間の緊張が常態化された。
 
(3)G7で台湾や香港の人権・安全保障問題について発言(2021年)
 G7サミット(2021年6月)において、日本を含むG7首脳が共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を初めて明記した。併せて香港の高度な自治の尊重と新疆ウイグル自治区の人権状況にも懸念を表明した。日本側は、菅義偉首相(当時)や茂木敏充外相が台湾のWHO参加支持、香港の民主派弾圧への懸念などを表明した。これに対し中国側は、駐日大使館を通じて「内政干渉」と非難、中国メディアで日本を「戦犯国家」と批判、SNSで反日世論を煽動、ユニクロや無印食品など日本企業への不買運動の呼びかけ、東シナ海・台湾周辺での軍事演習を強化した。中国側は、日本がG7諸国の一員として対中包囲網を構築することを強く警戒したものの、実際には経済制裁的なものは発動しなかった。
 
経済安全保障の強化を
 これまでの事例を見ても分かるとおり、中国は威圧的で独善的、日本側の説得も聞き入れることはない。これではいくら日本が理性的な対応を求めても、同じことが繰り返されるだけだ。日本は、アジアの平和と安定に貢献するためにも、経済安全保障を強化して、中国の恫喝と威圧に耐え得る国家作りをしていかなければならない。まずは、①民主主義国として、台湾や人権問題で毅然として従来の主張を繰り返しながらも、対話の窓口は常にオープンにしておく ②同盟国、準同盟国、同志国などと資源のサプライチェーンを築き、揺るがないものにしていく ③中国による経済制裁で影響を受ける産業を支援・擁護する ④ファイブアイズに加盟して情報を強化する――などを積極的に推進していくべきである。