2026年4月22日、財務省・経産省がアジア系投資ファンドのMBKパートナーズ(注)による牧野フライス製作所への買収計画(TOB)に中止勧告を発動した。「外国為替及び外国貿易法」(外為法第27条第5項)に基づき、安全保障上の懸念があると判断したという。中止勧告を受けた企業は、10日以内に受け入れを判断しなければならない。
今回、問題となった牧野フライス製作所は、武器の製造にも転用可能な「デュアルユース(軍民両用)技術」を含む工作機械のメーカーだ。海外投資家がこうした企業の株式を取得する際は、事前に政府に届け出て審査を受ける必要がある。
牧野フライス製作所を巡っては、2024年12月、ニデック(旧日本電産)が敵対的TOB(株式公開買い付け)を提案したが、牧野側が反発したため、2025年5月に撤回された。同年6月には、MBKパートナーズが「ホワイトナイト」として登場してTOBを実施し、完全子会社化すると発表していた。2026年6月に開始予定だったTOBに対し、政府が4月22日に中止勧告を行った。
この政府の判断は、複数の安全保障上のリスク判定に基づいている。
第1に、デュアルユース(軍民両用技術)であり、牧野フライス製造の工作機械5軸マシニングセンタは、航空機エンジン・ミサイル部品などの加工に不可欠で軍事転用可能だ。
第2に、同社の機械は国内防衛産業で広く使用されており、外資支配は生産能力・技術情報の流出リスクを高める。
第3に、単独では非機微な情報でも、複数の断片が組み合わされると国家安全保障上の機微情報になる可能性がある(モザイク理論)。
第4に、短期的な価値最大化を志向するPEファンドでは、機微情報管理の厳格性が担保しにくいと判断した。
しかも、この中止勧告は、外為法改正後初の中止勧告であり、日本が「実際に規制を執行する国」へ転換したことを表し、中国企業による投資拡大を背景に、日本版CFIUS実現が現実に動き始めた兆しだ。また工作機械は日本が世界シェア30~40%を占める戦略産業であり、国家基盤の保護に政府が本気で動いたという証左とも言える。
この牧野フライスをめぐる事件は、これまでの外為法第27条第5項による対内直接投資規制から発展して、2026年以降に予定される日本版CFIUSの実現に向けて大きな布石となったと考えられる。
(注)MBKパートナーズ
MBKパートナーズ(MBK Partners)は、北東アジア最大級の独立系プライベート・エクイティ(PE)ファンドで、韓国・日本・中国を中心に大型買収を行う投資会社。2005年設立、本社韓国、運用資産は約330億ドル規模で、上場企業のMBOや安定需要分野への投資で知られる。
外為法第27条第5項の法理論
外為法第27条は「対内直接投資等の事前届出」に関する条文で、第5項は届出後の審査の結果、政府が投資行為を止めさせることができるとする。同条は、対内直接投資等について、①原則自由、②一定分野は事前届出、③審査・勧告・命令という三層構造をとっている。
外国投資は基本的に自由(資本取引自由の原則)だが、安全保障・公序等の観点から例外的に規制する。
条文の趣旨は、対内直接投資が「日本の安全保障」、「公の秩序」、「公衆の安全の維持」を害するおそれがある場合、主務大臣(財務大臣+事業所管大臣)は、投資者に対し「中止」または「条件変更」を勧告できる。投資者が勧告に従わない場合、政府は「命令」を出すことができ、これには強制力が伴う。
この規定は2019年・2020年の外為法改正で強化され、コア業種である半導体・防衛・量子・AIなどの戦略分野の企業買収、重要インフラ(電力、ガス、通信、交通)への外国資本の参入、外国政府と密接な関係を持つ投資家による買収、機微技術の海外流出リスクがある場合などでは特に厳しく制限される。
外為法は単なる経済法ではなく、安全保障法制の一部として設計されており、いきなり禁止すると過剰規制となって投資萎縮に結び付く可能性がある。さりとて完全自由だと安全保障リスクが顕在化する。そのため「事前届出+一時停止+審査」という手続きをとる。
外為法第27条第5項が審査の法的根拠(制裁手段)として、中止勧告、中止命令、条件変更命令、違反時の罰則を定めているのに対し、日本版CFIUSは、27条5項を含む外為法の権限をどう使うかを統括する仕組みであり、審査の組織・プロセスを定め、「どの省庁がどう審査するか」、「どのようにリスク軽減措置を設計するか」、「どの案件を重点審査するか」、「透明性・予見可能性をどう確保するか」などのルールを定める。
重要なのは新設されるインテリジェンス機関との連携
米国のCFIUS(Committee on Foreign Investment in the United States)は、1975年にフォード大統領の大統領令11858号により設立され、米国の国家安全保障に関わる外国投資を審査するための省庁横断的な委員会だ。議長は財務長官が務め、国防総省、国務省、商務省、国土安全保障省などの正式メンバーのほか、インテリジェンス機関を統合する国家情報長官(DNI)などが参加しており、大統領は必要に応じて臨時委員を任命する。
CFIUSの主な目的は、外国企業による米国企業の買収や投資が技術流出や重要インフラへの影響を及ぼす可能性を評価し、国家安全保障を保護することにある。審査の結果、必要と判断されれば、大統領権限で投資の停止や売却命令を出すことができ、CFIUSの決定は司法審査の対象外とされているため、迅速な対応が可能だ。
ロシアのウクライナ戦争の長期化、中国の対日制裁と海軍力の増強、北朝鮮の核開発、米国のイラン戦争など、日本を取り巻く地政学的な環境がますます厳しさを増す中、これまでの外為法第27条第5項による法的規制から、新設のインテリジェンス機関が参加する日本版 CFIUS による規制に移行する意義は極めて大きい。また、現行制度では、省庁ごとに対応が異なることによる一貫性の欠如や手続きの煩雑さが指摘されており、省庁横断型の会議体設置により省庁間の一層の緊密化と事務の省力化が期待される。
対内直接投資の審査制度の実効性を確保するためには、実態把握に基づく審査や未届け案件の速やかな検知のための情報収集・分析能力が不可欠であり、インテリジェンス機関との連携と密接な関係性の構築が求められるのは言うまでもない。