中国共産党政権の対外工作では三戦という用語がある。中国政府自身が公式に使ってきた用語である。中国がアメリカのように国際舞台で衝突し、敵視する相手を実際の戦争をせずに、懐柔しようとする工作のことである。その三戦とは世論戦、心理戦、法律戦を指す。それぞれの内容は文字通りだ。
だが最近ではこの3つの戦法を総合して認知戦という言葉が中国政府自体によって使われるようになった。人間の認知、つまり思考、価値観、判断力に多様な操作を仕掛けて、その相手の思考などを中国側に有利にゆがめていく新たな戦法を指す。アメリカ側でも専門家たちが注目して、英語ではCognitive Warfareと呼ぶようになった。
さてこの中国の認知戦を実は私自身が体験したようなのだ。より具体的にはその認知戦の標的になったと思われるのだ。その体験を報告しよう。
私はつい最近の9月末までワシントンにいて、米中首脳会談の取材にあたった。トランプ大統領が習近平国家主席を迎えて、9月23日から24日にかけて首脳会談を催し、ホワイトハウスでの公式晩餐会を開くという展開だった。私はこうしたワシントンでの動向を日ごろは産経新聞や月刊雑誌の「正論」あるいは他の雑誌やネットメディアに掲載される記事で報道している。その報道活動のなかには旧ツイッター、いまのXへの投稿も含まれている。
さて9月24日のトランプ氏主宰の公式晩餐会ではホワイトハウスのサイトに入って、リアルタイムでこの行事の展開をモニターした。すると異例のことに習主席が日本という具体的な国名を二度もあげて、明らかに反日、日米離反の意図をにじませる言葉を発した。そのことをその瞬間にまずXへの寄稿で報じた。そのスピードは一般メディアよりも速かったと思う。
そのXへの投稿は以下の内容だった。
《「我々はともに日本と戦った」――中国の習近平国家主席が9月24日夜のホワイトハウスの公式晩餐会での演説で「日本」の国名を二度もあげて、中国はアメリカとともに日本軍と戦って、輝かしい勝利をおさめた、と述べた。
きわめて異例、日本への反感をこんなところで示す言葉とも解釈できる。習主席はアメリカと中国との交流を中国共産党政権の誕生以前にさかのぼって強調したなかで、「80数年前には中国とアメリカは共同して日本の軍隊と戦った」と述べた。
この本来、米中の友好を歓迎する晩餐会でアメリカ以外の国の国名を具体的にあげたのは日本だけ、しかも中国とアメリカが戦った朝鮮戦争には一言も言及せず。アメリカの親密な同盟国の日本の国名を過去にさかのぼるとはいえ、「共通の敵」として指摘するのは異様だと言える。さあ日本側の反応はどうだろうか。》
以上のような投稿だった。そこにはトランプ、習両首脳の写真を貼り付けた。すると反響がものすごかった。私のこの記事へのアクセス、つまりこの記事を読んだ、見た、というビューアーがあっというまに数万、数十万となり、3日ぐらいの間になんと、180万という数に達したのだ。初期段階の投稿はほぼすべて日本語で、しかも「習主席が中国とアメリカがともに日本軍と戦ったというが、当時は中国共産党政権は存在せず、国民党政権、つまり中華民国がアメリカと共闘したのだ」という批判ばかりだった。
ところがそこに中国語の投稿が入ってきた。しかも短時間の間にものすごい数となった。全体が180万だとすると、そのうちの3分の1の60万ほどが中国語だった。しかもその内容はすべて習近平主席の言葉を擁護し、日本側を叩くという骨子だった。そのなかでもわりに穏健と思える一例を以下に紹介しておこう。
《二战结束以后,日本已经嚣张80多年了。作为战败国,日本至今仍然允许供奉二战甲级战犯、美化侵略战争历史、否认南京大屠杀、否认慰安妇等一系列事件,这发生在一个战犯国家简直不敢想象。这是对人类良知底线的公然挑衅和背叛。日本必将百倍奉还、必将付出惨痛代价、必将受到彻底清算!》
趣旨は要するに日本は中国への侵略や残虐を働きながら、反省をせず、いまもってそんな犯罪を隠して平然としている、という日本叩きだった。
それ以外でも日本への「小日本」とか「日本鬼子」、「倭奴」というような人種、民族の差別が露骨な日本国や日本国民への侮蔑の言葉を満載した投稿ばかりだった。私はそんな中国側からの中国語でのあからさまな言葉の攻撃に連日連夜さらされることとなった。
聞くところでは中国国内の一般国民はXへのアクセスは禁じられているという。とすれば、私の投稿への雨とあられのような攻撃は中国当局がからんでいるとみるしかないだろう。だから中国政府の認知戦とみるのが妥当だと判断した。
ワシントンでトランプ政権に直結する研究機関「アメリカ第一政策研究所」(AFPI)のピエーロ・トッチ中国研究部長は中国政府の認知戦について詳しく研究しており、最近のアメリカや日本での「トランプ政権はもう台湾を守らない」という推測も中国政府の宣伝工作による認知戦の結果という要素が急増していると警告していた。この種の中国政府からの中国語での日本側への言葉の攻撃、つまり認知戦はこれからもさらに活発となりそうだ。