英誌が報じる中国「シャープパワー」脅威論

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 まさに画期的な報道である。今週の英誌「エコノミスト」(12月16-22日号)が欧米の政界・言論界で影響力拡大を図る中国の工作活動の現状を特集している。その巻頭論説は今日(12月20日)付の日経新聞が全文翻訳しているので一読をお勧めする。中国の「シャープパワー」の恐るべき実態を知る上で有用な記事である。
 「シャープパワー」とは軍事経済力を背景とするハードパワー、あるいは文化や価値観を根源とするソフトパワーのいずれとも異なるもので、中国が主に欧米諸国で展開する政界向けなどの世論工作を指し、買収・威嚇・情報操作など悪意に満ちた諸手段を駆使した影響力扶植活動を批判的に指摘する用語(米国シンクタンクが初使用)である。中国の人権活動家にノーベル平和賞を授与したノルウェーへの「経済制裁」やTAARDを配備した韓国への旅行制限なども「シャープパワー」行使の事例と捉えられる。
 冒頭に述べた英誌の論説はシャープパワーについて次のように整理している。すなわち「中国は多くの国と同様、ビザや補助金、投資、文化などを通じて自国の利益を追求してきた。だがその行動は最近、威嚇的で幅広い範囲に及びつつある。中国のシャープパワーは、取り入った後に抵抗できなくさせる工作活動、嫌がらせ、圧力の3要素を連動させることで、対象者が自分の行動を自制するよう追い込んでいく。
 中国の国際世論工作の目的は自国へのあらゆる批判を徹底して潰すことにある。特に、政治体制、人権侵害、拡張主義的な領土主張への批判には極度に過敏である。こうした批判を展開するジャーナリスト、有識者、学者などに対しては中国への入国査証を発給しないなどの嫌がらせを行う。民間企業ですら攻撃の対象になる。英誌は中国シャープパワーの特徴として、浸透力が強いこと、自己抑制をもたらすこと、国家関与の証拠を掴みにくいこと、の3点を挙げているが、まさにその通りであろう。特に浸透力の強さの事例として中国語教育の場を提供している「孔子学院」(世界に500校、更に「孔子学級」が1000クラスある)を通じた間接的な工作を上げているが、カネの力を背景とした世界の若者への影響力行使の好例である。
 海外の大学に留学している中国人の学生(2016年で約80万人)や学者が所属するCSSAという連盟も各地の中国大使館からの資金援助を受け、所属メンバーの相互監視や当局への情報提供を義務付けられているようである。研究機関間の国際協力の名の下に、研究資金を提供し、中国に不利益をもたらす研究を自己規制するように仕向けているという。報道分野では中国ラジオ・インターナショナルが世界14ヵ国、33のラジオ局に密かに資金提供し、報道内容をコントロールしているとの調査結果もある。
 中国によるはるかに露骨な政界工作の事例は豪州やニュージーランドで大きく報じられており、米国、カナダやドイツでも同様である。ニュージーランドのカンタベリー大学の某教授は他国の政治を誘導、買収、恐喝する中国の工作に対抗することは「新たな世界的闘争である」と喝破している。「エコノミスト」誌の巻頭論説は「中国のシャープパワーの手口を白日の下にさらし、中国にこびへつらう者を糾弾するだけでも、その威力を大いに鈍らせることになる」と言い、更に「中国が将来友好的になるだろうと期待して、今の行為を無視していては次の一撃を食らうことになるだけだ」と主張している。この種の論説としては実に大胆であり、ある意味で「勇気ある主張」とも言える。
 英誌による今回の特集の中には日本国内におけるシャープパワー行使の事例は全く取り上げられていない。しかし、中国政府が隣国で悪しき意図による政治・世論工作を全くしていないとは考えられない。ニュージーランドの大学教授の言を俟つまでもなく、私たちは今や「新たな世界的闘争」の渦中にあるのであり、「無視していては次の一撃をくらう」ことを心すべきである。中国との友好関係を発展させることは重要だが、だからこそ中国の悪意ある工作には注意を怠ることなく、断固として声を上げるべきなのではないか