光海君の故事に見る金正恩の末路

.

顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 この2018年、北朝鮮情勢をめぐって果たして何が起こるのか、とりわけ暴虐の限りを尽くす北朝鮮の金正恩の末路が如何なるものになるのは今や世界的な関心事になっている。米朝核戦争を回避し得る唯一の(?)希望的シナリオは金正恩の自滅か失脚と言われるが、それはどういう状況なのか。そこで、「歴史は繰り返す」との視点に立って彼の命運を観望してみると、朝鮮王朝の第15代国王であった光海君(クアン・へ・グン)にまつわる故事が参考になる。
 この国王はいまから400年前の人物である。彼は、先代国王の側室の次男であったが、王位を狙うライバルであった同母兄を殺し、正室から生まれた嫡男(異母弟)も殺して王位に就いている。しかし、こうした悪行が災いし、在位15年(1608-23年)の後に甥(後に第16代国王・仁祖となる異母弟の子)が起こしたクーデターで廃位され、島流しの刑に処せられている。暴君として廃位されたため、国王としての廟号・諡名もない。
 金正恩は叔父(張成沢)を殺し、異母兄の金正男もクアラルンプール空港事件で毒殺した疑いが濃厚である。悪行の数々は光海君に勝るとも劣らない。ここで興味深いのは金正恩が次の標的として甥(金正男の嫡男)である金漢率(キム・ハンソル;22歳)の命を狙っているらしいことである。金正恩が光海君の故実を知っていれば、彼の心理として、最も警戒すべき人物こそ甥(第2代・金正日の長子の長子に当たる直系男子)である金漢率であろう。
 金漢率の所在は極秘にされている。オランダ説や米国説などいろいろと憶測されており、中国も陰に陽に絡んでいるようだがはっきりしたことは判らない。母・妹と共にいずこかで生活している。光海君は甥の一人も反逆罪で処刑しているから、周辺が同人の身の危険を心配するのは当然である。事実、昨年10月末には、金漢率暗殺を目的に中国に入国していた北朝鮮の特殊工作員7名が当局に身柄拘束されたと報じられた
 金正恩にはもう一人、金正哲(キム・ジョンチョル;36歳)という同母兄がいるが、この男は大の音楽好き(エリック・クラプトンの熱狂的ファン)で、政治に無関心と言われる。一部には精神を患っているために「王位」を脅かす存在とはみられて来なかったとの説(真偽不明)もある。彼は北朝鮮にいるらしいが、その動静が伝えられることはまずない。
 光海君の故実を調べていたら「稀代の悪女」と評される金介屎(キム・ゲシ)という宮廷女官の名前が出てきた。この女官こそ宮廷内で策謀の限りを尽くし、光海君による一連の兄弟殺しも裏で操っていた人物らしく、クーデターの後に斬首されている。今の北朝鮮に現代版・金介屎がいるのかどうか興味深いところである。まさか同母妹の金与正ではあるまい。
 16世紀末から17世紀初頭の朝鮮半島というのは豊臣秀吉による朝鮮出兵で国土が荒廃していた上、半島北部では中国における明から清への王朝交代につながる戦乱も続発、これに儒学諸派の熾烈な派閥抗争も加わって実にドラマチックである。韓流時代劇にとって時代背景、登場人物のすべてが揃っており、「宮廷女官キム尚宮」、「王の女」、「華政」など数々の人気TVドラマが作られている。果たして、金正恩の末路を描くTVドラマを見る日はいつ来るのだろうか。