メキシコにも誕生しそうな究極のポピュリスト政権

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 メキシコがサッカーのワールドカップ・ロシア大会で活躍している。グループ・リーグでドイツ、韓国を相次いで破り決勝トーナメント進出を決めた。メキシコと言えば、最近では麻薬と汚職、犯罪大国のイメージしかなかったが、国技ともいうべきサッカーで実力を発揮しているのを見るのは嬉しい限りである。今大会ではペルーやコスタリカなど中南米の強豪国が予選敗退、アルゼンチンがグループをギリギリ2位通過するなど苦戦を強いられている国が出る中で、メキシコは善戦している。7月2日の決勝トーナメント対ブラジル戦ではメキシコ中が熱狂するだろう。
 そのメキシコで、折も折、来る日曜日(7月1日)に大統領選挙が行われる。最有力候補はAMLOの愛称で呼ばれるロペス・オブラドール元メキシコシティ市長(2000-05年)である。過去に2度に亘って大統領選挙に出馬したこともあるベテラン政治家(65歳)だが、今回の選挙を前に既成政党から分離したMORENA(国家再生運動)という新政党を自ら率いての立候補である。メキシコでは、従来、PRI(制度的革命党)とPAN(国民行動党)の二大政党が国政を担い、現在のペーニャ大統領もPRIの政治家だが、汚職と犯罪の蔓延で既成政党への国民の信頼は完全に失墜している。直前の世論調査でロペス・オブラドール候補が圧倒的支持を集めている状況がそれを如実に物語っている。
 ロペス・オブラドール候補は「メキシコのトランプ」と呼ばれ、ヴェネズエラを破綻国家にした元凶と言われるチャベス元大統領にも擬せられる。ナショナリストであり、かつ究極のポピュリストでもある。同候補は貧困地域をめぐり、電気や水道の料金の不払いを呼びかけたり、固定資産税の納税拒否を扇動した過去がある。堕胎に反対し、性的マイノリティに対する共感を持たない。公務員の給与を半減すると主張して選挙民の喝采を浴びている。
 メキシコは北部と南部の間での貧富の格差が著しい。住民一人当たりのGDPで見ると、北部には12,000ドルを超える州があるかと思えば、南部には3,200ドルに満たない州もある。南部タバスコ州出身のロペス・オブラドール候補は南部貧困地域の開発促進のために大規模なインフラ整備を進めることを公約しているが、その財源は中国からの借金だという。国家財政も経常収支も大赤字の中で人気取り目的のバラマキ政策を行えば低成長の経済はますます苦難の道を歩むことになろう。
 もう一つ懸念されるのは今回の選挙戦にロシアの影がちらついていることである。メキシコは、1994年以来、米国、カナダと北米自由貿易協定(NAFTA)を締結し、歴代の政権は親米路線をとってきた。しかし、米国でトランプ政権が誕生して以来、NAFTAの再交渉や移民政策をめぐって両国の関係は冷却している。そうした中で左派的主張を展開するロペス・オブラドール候補は、米国との対立を深める今のロシアにとって、格好の「カモ」かも知れない。選挙干渉はプーチン大統領の「お家芸」であり、事の真偽は不明だが、メキシコ選挙への干渉はいかにもありそうなことと思われている。
 メキシコは世界で4番目の自動車生産国である。日産をはじめ日本の自動車メーカーの大半が北部に進出し、米国への輸出拠点にしている。日系企業の拠点数は昨年10月時点の外務省調査で中南米最多の1182社(世界11番目)に上り、在留邦人も1万人を超える。メキシコは、日本にとって重要な経済パートナーだが、NAFTAの再交渉問題に直面する中で、ロペス・オブラドール政権が誕生すれば、ますます頭が痛い状況になる。ビジネスマンにとってはサッカー・ワールドカップでのメキシコの活躍に浮かれている場合ではない。