天皇陛下のベトナム御訪問、「戦後」を終わらせる旅

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

天皇・皇后両陛下のベトナム公式訪問
 去る2月28日~ 3月5日、天皇・皇后両陛下がベトナムを公式訪問された。天皇・皇后両陛下のベトナム公式訪問は歴史上初めてのことである。両陛下はハノイでの公式行事(歓迎式典や党・政府最高首脳夫妻とのご会見など)に加え、在留邦人代表・海外青年協力隊員やベトナムの元日本留学生、或いはベトナム残留日本兵の家族と面会された。また、その後、ベトナム中部の古都フエにまで旅程を延ばされて日越両国の長い交流の歴史を偲ばれた。ベトナムのような「小さな国」に両陛下が5泊6日という比較的長い御滞在をされたことは異例である。
 近代史に思いを馳せれば、太平洋戦争の勃発直前に日本軍が仏印進駐という形でベトナムを含むインドシナ各地に進出し、5年近くに亘って軍事支配(但し、その大半の期間はフランスとの二重統治)した歴史があり、北ベトナムが共産化した後は日本は米国の同盟国として1975年に終結するベトナム戦争に(北ベトナムの敵方として)間接的に関わった。1958年の賠償協定は当時の南ベトナム政府(ゴ・ディン・ジェム政権)と締結したものであり、北ベトナム側は日本による南ベトナム支援の一環と受け止めたであろう。1978年末のベトナムによる全面的なカンボジア侵攻後は日本も国際社会の一員としてベトナムの孤立化、国際包囲網に加わっている。こうした歴史的背景に照らせば、天皇・皇后両陛下のベトナム公式訪問は、単に日越両国の友好親善関係の増進という一義的な目的にとどまらず、ベトナムとの関係において「戦後を終わらせる」という象徴的な意味合いを持っていたように思われてならない。天皇・皇后両陛下の比較的長いベトナム滞在はこのことと無関係ではないのではないか。
 私自身、ベトナム在勤時に、天皇陛下のベトナム御訪問について、ベトナム政府側から何度も強い要請を受けた。ベトナム政府からすれば、国家元首に相当する歴代の国家主席が公式訪日している中で天皇陛下のベトナム御訪問が実現しないのでは外交儀礼上もバランスを欠くということであった。日本の総理大臣がベトナムを度々訪問していることはそれなりに評価されているが、それはベトナムの首相がより頻繁に日本を訪問していることで相殺されているということであろう。私はこうしたベトナム側の思いを本国に伝え、天皇陛下のベトナム公式訪問を実現いただくようお願いした。実際、在勤中の2009年2月に徳仁皇太子殿下がベトナムを公式訪問され、ベトナム側官民の熱烈な歓迎を受けている。