戦略3文書の先にある 「意思決定」の課題

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顧問・前防衛事務次官 島田和久

Ⅰはじめに
 今年7月に日本戦略研究フォーラムの主催で行われた「第3回台湾海峡危機政策シミュレーション」において、総理や閣僚の間で最も意見が対立したのは、武力攻撃予測事態(以下「予測事態」という。)の認定をめぐる議論であった。このことからも明らかなように、安全保障関連3文書1(以下「3文書」という。)が策定され、その現実化が進められている中で、残された最大の課題の1つは、事態認定をめぐる意思決定の問題であろう。本稿においては、この点を中心に述べる。
 加えて、今回、新たな取り組みを行った海上保安庁の役割についても追加的に、また、補論として、3文書で強調されている総合的な防衛体制の強化について若干の見解を述べることとしたい。
 
Ⅱ事態認定をめぐる課題
1 課題のポイント
 事態認定をめぐる課題については、まず冒頭、そのポイントを以下に記しておきたい。
  • 我が国は、これまでは防衛力整備と法整備を中心とした「制度の構築」に力を注ぎ、昨年末には防衛力の抜本的強化を決定したが、これからは現実の事態において「制度を機能」させることが求められる。そのために必要なのは政府としての「意思決定」である。
  • ハイブリッド戦、グレーゾーン事態、認知戦が絡み合った新たな事態様相は、従来に比べ円滑な意思決定を難しくしている。これは、戦後、平和を享受し、厳しい決断を行ってこなかった我が国にとって大きな試練である。
  • 中国が台湾への武力侵攻を行う場合には、米軍やその同盟国等の「介入」を防ぎ、遅延させることが至上命題になる。そのために「認知戦」に全力を挙げることは想像に難くない。我が国の法制に当てはめれば、事態認定を躊躇させ、遅らせ、究極的には行わせないことを認知戦の作戦目的とするだろう。必要な事態認定ができず、事態対処が遅れたとすれば、認知戦による敗北と言える。
  •  早急に行うべきことは、①制度の運用を阻む認知戦への対策 ②認知戦によって阻まれ易い現行の事態認定に関する制度の見直し、の双方向からの取り組みであろう。①認知戦対策について、現時点では政府は既存の組織で取り組むとしているが、専門性のある組織が必要である。②事態認定に関する現行制度は、昭和時代に行われた有事法制研究がベースとなっており、3文書を受け、包括的な見直しが必要である。