はじめに
現在、世界は小さくなったと言われている。交通機関や通信技術の発達により、人類は地球上の地理、より正確に言えば物理的な距離を克服しつつある。この進歩を見ているとある錯覚が生じてくる。それは、物理的距離を克服し国境線を簡単に越えられるような時代になったので、地政学はもう必要ないのではないかという錯覚だ。確かに、地政学で重要な概念である「ハートランド」はもはや大陸国家の「聖域」ではなくなった。だが、距離の克服は、地理が無くなることを意味するわけではない。地上で暮らす人々の日々の営みが本質的に変わるわけではない。人々は依然として地理的な諸条件の影響を受け続けており、時にはそれによって行動を制限され、或いはそれを利点に変えながら生きている。
そして地理的諸条件は独自の文化、文明を育む。人々の行動や思考のパターン、つまり世界観はその上に成り立つと言ってよい。地理が変わることなく人間の活動にとって重要な要素であり続けている以上、地理的諸要素が政治・軍事に与える影響を解き明かす学問である地政学も有効であり続ける。
本稿では、地政学とは何かを、古典的な地政学理論(仮説)を通して簡単に解説してみたい。