安倍ドクトリンと平和主義の転換

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副会長・元防衛事務次官 島田和久

1 .はじめに
 政府は、本年末、国家安全保障戦略、国家防衛戦略及び防衛力整備計画の、所謂、戦略3 文書を、予定よりも1 年早く前倒し改定する方針だ。我が国を取り巻く安全保障環境は、2022年に戦略3 文書を策定した時点での想定を遙かに超えるスピードで悪化の一途を辿っており、国際秩序は深刻なダメージを受けている。しかも、財務大臣指示で1 ドル108円というレートに基づき計画が策定されたことや、急速な物価上昇で、予定した施策の実施さえ覚束ない状況にある。外部環境と制度設計の両面で前提条件が大きく動き、計画が現実から乖離しているのだ。
 筆者は、現行3 文書の策定過程の一部に関与した立場にあるが、それゆえに、現行計画の「耐用年数」が想定よりも早く到来していることを痛感し、責任の一端を負う者として、2 年前から「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」の場などで早期見直しの必要性を指摘してきた 。これには賛同する声も多かったのだが、当時の岸田政権では、林官房長官が会見で「計画を見直すことは考えていない」と述べ、加えて岸田総理が国会で「有識者会議は防衛費の増額を議論する場ではない」と言明して議論自体を封じるに及び、前倒し改定論は政府内でタブーとなった。国家安全保障において最も避けるべき思考停止に陥ったのである。これは専ら財源問題を再燃させたくないという政治的な判断であったのだろう。