いま敢えて「国体論」を語るのは何ゆえか。ロシアによるウクライナ侵略、台湾海峡の緊迫化―我が国は地政学上の危機に晒されている。こうした国難に対処するために、再評価されて然るべきなのが、営々と積み重ねられてきた国体論である。
会沢正志斎、伊藤博文、金子堅太郎の国体論
吉田松陰に大きな影響を与えた会沢正志斎は、『新論』を文政8 (1825)年に著した。同書は国体論を確立したことで名高いが、会沢はロシア帝国の南下を始めとした日本の安全保障環境の悪化を深く憂えており、海防についても論じられている。
会沢は「我国の国体、万国に比して最も尊し」としながらも、「然るを近年、外夷の形勢日に逼る。若し海防を怠りて、其の侵侮に遏たざれば、ついに万乗の君、社稷の危きに至らん」と警鐘を鳴らし、国体確立と海防強化を一貫した問題意識で捉えた。その姿は、地政学の荒波に揉まれる現代の我々にも示唆を与えている。
ではなぜ、現行憲法下での国体はここまで曖昧模糊たる姿となっているのか。それは現行憲法には占領期の呪縛だけでなく、明治憲法からの要素も整理されないまま残存し、一貫した論理を欠いているからである。その結果、両者が混在したまま放置され、国体を体系的に理解するための枠組みが失われてしまった。