歴史の分水嶺

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顧問・東京大学名誉教授(比較文化史) 平川祐弘

はじめに
 歴史の分水嶺について書け、というご注文である。私たちは生きている間、特に若い頃、自分の生涯の目的はこれか、あれかなどと歴史の可能性を考えつつキャリアーを探したものである。その際、抜きんでて秀でた分水嶺はアメリカ合衆国で、多くの人が最高峰のように仰ぎ見ていた。ところがその北米がトランプ大統領と共にぐらぐら揺れ出した。米国は世界の警察でもなく、民主主義の模範であるかも疑わしい。では私たちは一体何を目標に新しく歴史の行く先を再確認すればよいのか。
 往年の学生は世界観の探求などと言った。昭和二十三年、第一高等学校の寮で私は後に不破哲三の名で知られる上田建二郎と同室で、同じラジオで東京裁判の判決も聞いた。英米系の多数派判事は不十分な歴史知識と誤った先入観で判決を下したと私は後に考えるようになったが、――今もなお本誌連載の牛村圭論文から啓発されつつあるが――、二年上級の秀才だった上田はすでに共産党員であったから、彼にとっては宮本顕治の判断の方が大事だったかもしれない。
 しかし上田にとっては歴史の必然として来たるべき暴力革命の後に実現する共産主義社会こそが資本主義社会との分水嶺の先に光輝く楽園であったのだろう。ただ実際の歴史はそうは發展せず、不破は分水嶺を見誤ったと告白しなかったが、同級生がブルジョワ社会で大会社の社長から会長になり、車・運転手つきで出世したのと似たキャリアーを政党首領としてやりおおせたのだから、それで内心のどこかでは満足して先日、天寿を全うしたのかもしれない。