私が日本共産党に入党したのは1967年2月だった。満年齢で19歳になる目前だった。日本共産党の入党条件は「18歳になった日本人」ということだったので、相当早い入党だった。以来、約60年が経過し、そのうち約40年を共産党員として過ごした。
共産党の1つの特徴は“負けれども負けれども”というところにある。弱気というものを一切見せないのだ。これはその誕生の経過や歩みからして当然のことなのだ。その誕生は1922(大正11)年7月15日である。非合法の政党であった。激しい弾圧を何度も受け、1935(昭和10)年には、獄外にいた最後の中央委員だった袴田里見も逮捕され、中央委員会の機能は終戦の時まで停止させられていた。
合法化された戦後も、暴力革命路線への国民の不安は大きく、完全にその不安を払拭出来ないで今日まで来ている。選挙も勝ったり負けたりで、政権に近付いたことすらない。
この共産党が選挙結果などに一喜一憂し、責任論などを真面目に考えていては、指導部は務まらないというのが共産党幹部の思考なのだ。実際、選挙に負けた責任をとって辞めた指導者など1人もいない。