「イランは今後どこへ向かうのか」と題して、中東調査会主任研究員でイラン政治・社会情勢などが専門の斎藤正道氏から、イランの現状と今後の展望について詳細な分析を聞いた。
まず、2025年12月末から2026年1月中旬にかけてイラン国内で発生した大規模な抗議活動の背景の解説があった。2024年8月のペゼシュキアン政権発足時、1ドルは約60万リアルだったが、2025年1月には80万リアル、3月下旬には100万リアルを突破し、抗議活動開始時の12月28日には140万リアルまで下落したという。参考として、2001年時点では1ドル8,000リアル程度で、25年間で自国通貨の価値が175分の1になったという深刻な状況が報告された。インフレ率についても詳細なデータが提示された。
抗議活動の規模と弾圧について、在外人権団体によると、少なくとも7000人以上の死者が確認された。この数字は、2009年の大統領選挙後の抗議活動での死者数70数人、2019年のガソリン価格値上げ抗議での300人、2022年のヘジャブデモでの600人と比較して、桁違いの規模だった。また、抗議活動は全国203の都市で行われ、1万人未満の小規模都市10か所でも確認された。特にギーラン州のパレサール(人口1,802人の漁村)でも抗議活動が発生したことが注目された。
イスラム共和国体制の構造的問題として反米イデオロギーがある。イスラム共和国のイスラム性の重要な要素として帝国主義への抵抗、反米・反イスラエルがあり、アメリカとの妥協は体制の存在意義を失わせる危険性をはらむ。ハメネイ最高指導者は常にアメリカは信用できないと主張し、最終的にアメリカとの妥協を拒否することは常套手段だった。
一方、国民の体制への期待については、2017年の第2次ロハニ政権発足頃までは改善への期待があったが、2019年の第1次トランプ政権の核合意離脱、安倍総理やマクロン仏大統領の仲介努力の失敗により、諦めムードが蔓延した。選挙制度も問題で、護憲評議会による事前審査により体制が認めた人以外は立候補できない。このため、2020年国会選挙の投票率は42.6%(テヘラン州26%)、2021年大統領選挙は48%(テヘラン州34%、テヘラン市26%)、2024年国会選挙第2回投票のテヘラン選挙区では7%という歴史的低投票率が記録された。
2022年1月のオランダを拠点とするイラン人世論調査研究グループの調査結果では16,850人を対象とした調査で、自由選挙が行われた場合の投票先として39.5%がレザー・パフラヴィー(革命前の皇太子)、17.4%がライシ大統領を選択した。政治的傾向として、体制転覆が41.5%、構造的変革が21.2%で、合計約60%が現体制の根本的変化を望んでいることが明らかになった。
今後のシナリオとして、複数の可能性を提示した。現実派・穏健派が実権を掌握する場合、アメリカから体制保証を取り付けつつ、弾道ミサイルやドローン、ウラン濃縮活動への制限を受け入れる可能性があるとした。しかし、現実派の実力者であったラリジャニ国家安全保障最高評議会書記が殺害されたため、この路線は退潮傾向にあるかもしれないと懸念を示した。
革命防衛隊内強硬派が実権を握る場合、消耗戦を継続し、最終手段としてペルシャ湾・ホルムズ海峡への機雷敷設も考えられるが、これはイラン経済自体を麻痺させ、中国からの支援も失う危険性があると指摘。体制崩壊の場合の懸念として、民族問題によるイランの解体、元革命防衛隊有力者による強権政治の可能性を挙げた。また、ハメネイ前最高指導者の復讐を決意した過激派によるテロの世界的拡散の危険性への指摘もあった。