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 南シナ海を巡る地政学的特徴と戦略環境 

 
海洋政策研究財団 上野英詞
 
はじめに 
 世界の海洋は、国連海洋法条約により領海、排他的経済水域(EEZ)、公海に分けられている。これらの内EEZまでは沿岸国が主権的に利用できるため、この範囲を巡り世界最後の陣取り合戦が行われている。中でもアジア、とりわけ南シナ海を巡る問題は、米中対立を含む難しい問題となっている。第1回目の研究会は、南シナ海問題研究の導入として、南シナ海を巡る地政学的特徴とその戦略環境を概観する。

南シナ海の地政学的特徴
 米国は、「大陸規模な島国」と表現されるように、基本的に島国の戦略をとっているため、太平洋における海軍力のバランスが国防上きわめて重要であると考える。米国は、アジアにおけるアメリカの防衛線としてアチソンラインを設定しているが、この防衛線は中国が定める第一列島線と重なっており、南シナ海は米中抗争の枠内にある。
 他方、中国は大陸国家であり、中国にとって日本やフィリピンなどの島国は太平洋に進出する上で障害となる。そこで中国は、第一列島線、第二列島線を設けて海上支配の強化に尽力している。中国が海洋支配を強化するにあたり、台湾や南シナ海のもつ戦略的価値が増大している。第一列島線は、中国がこの線内の海洋を自分の海として主権を確保しようとする主権線である。ここでは、中国は陸上と同じような面としての海洋支配を進めている。第二列島線は主権を確保するための利益線である。近年、各線内おける中国の活動は活発化しつつあり、米国の作戦行動としばしば対立している。

南シナ海問題の諸相:海洋境界の画定
 南シナ海は、島嶼が多くグローバル経済を支える重要なシーレーンであり、また豊富な資源が存在するといった理由から、南シナ海沿岸各国が互いに島嶼の領有権およびそのEEZを主張している。130余の島嶼と岩礁から成る西沙諸島はベトナム、中国、台湾が領有権を主張し、南沙諸島は100余の島嶼と岩礁から成り、ベトナム、中国、台湾、フィリピン、マレーシアが領有権を主張している。各国とも島嶼や岩礁に人員を配備し占拠活動を行っている。
 2009年5月にベトナムが国連大陸棚限界委員会へ大陸棚限界延長を求める単独申請を行い、同時に、ベトナムとマレーシアによる合同申請も行われた。これに対し中国は、同委員会への口上書へnine-dash lineの地図を添付し、両国の申請範囲が中国領であると主張した。このような中国の動きに対し、フィリピンは2009年3月にフィリピン領海基線法を成立させ、国連海洋法に定められている「島の制度」を適用し、スカーバラ礁、カラヤン諸島に対するフィリピンの主権を明記している。
 中国が領有権主張の根拠としているnine-dash lineは、1947年に中国の国民党政府が発行した地図に初めて登場したもので、53年以降に発行された地図にも明示されている。中国は、1992年に「中国の領海と接続水域に関する法律」を制定し、南シナ海の島嶼に対し法的な裏付けを行ない、98年に制定した「中国の排他的経済水域に関する法律」により、中国領と主張する各島嶼の周辺海域にEEZを設定した。これらの法律に基づいて、中国は、南シナ海の約80%を自国領または自国のEEZであるとしている。
 中国は、Anti-Access/Area-Denial能力を強化し海空軍力の到達範囲を拡大することにより海洋進出を実際的に進めようとしている。そのため米海軍と不安定な形で接触することも増えつつある。また米国は、中国のミサイルにも注目し、中国が陸から海を制する方法を整備することにより、列島線内での中国の勢力を安定させるためであると考えている。他方、中国は、南シナ海の安定を核心利益と捉えており、島嶼の領有権問題に関しては二国間交渉による解決を基本としている。

米国の関心と対応
 米国の海洋境界画定問題に関する立場は基本的に中立である。米国にとって南シナ海問題は対テロ戦争が終わり「アジア回帰」のための政治的、軍事的カードであると言われている。米国は、一方で、中国がもたらしつつある域内の不均衡を是正する実力を米国だけが備えていると自覚しているが、他方で、中国との全面対立は避けている。ASEAN諸国は、南シナ海問題における多国間交渉や米国による介入を期待しているが、ASEAN諸国内でも領有権を巡る問題に関する見解は一枚岩ではない。中でもベトナムとフィリピンは、中国と直接的な利害関係にあり、米国と簡単な合同軍事演習を行いつつも、対中強硬姿勢をとるわけではなく、中国との平和的解決をめざし、中国への配慮も行っている。
 このような南シナ海の状況について、M.オースリンは南シナ海の2つのゲームと説明している。すなわち、中国は領有権主張国というビリヤード球をテーブルから排除するビリヤードゲームを行っているのであり、米国は中国による地域派遣を阻止する旗取りゲームを行っている。しかし米国の最善の対応は、中国のゲームに参加することである。なぜなら、米国がこの問題に干渉しすぎてもベトナムやフィリピンを対中配慮へと動かし、米国の関与が少なすぎても両国を中国へ傾斜させてしまうからだ。したがって米国は、中国のゲームに参加してビリヤード球を増やし、ビリヤードテーブルを拡大しなくてはならない。そのようにして問題解決を中国が嫌う多国間協議へともっていくような介入をするべきである。
 EEZにおける第三国の軍事活動に対する見解も米中間で相違がある。米国は、EEZを支持するが領域以外は軍事行動を含むすべての行動は自由であると捉えている。中国は、EEZ内の自由は無制限ではなく、他国も中国のルールに従うべきであるとしている。この解釈の違いにより、2009年に米海軍の調査船が中国の妨害行為を受けるといった事件が発生している。両国は、「米中軍事海洋協議協定」を通じEEZ内における軍事活動に関する指針を定める協議を行っている。
 米国は、中国のAnti-Access/Area-Denialへの対応として、「アクセス拒否環境下における侵略の抑止と打破」のための戦略計画を定めている。米国のアジアにおける防衛は海洋からのパワー・プロジェクションに依存しているが、これに対し中国は、大陸から1500カイリ以内をkeep out zoneとして弾道ミサイル配備を進め、米国のパワー・プロジェクションを破綻させようとしている。米国は、air-sea battle conceptの下、弾道ミサイル防衛能力の強化や戦略計画の促進を進めており、日本の防衛体制の強化や対潜活動の強化にも期待している。

おわりに
 中国は、R.カプランによると、海軍力をドライバーとする東半球における大中華圏の形成を目指している。米国は、中国との対立を回避しつつアジアの安定を維持することを考えなくてはならない。それには信頼できる軍事プレゼンスの維持が必要である。その実現のために米海軍の「アジア化」とオーストラリアへの基地移転論が議論されている。
 

2回「南シナ海」研究会
3回「南シナ海」研究会
4回「南シナ海」研究会

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