Key Note Chat 坂町

第148回
「経済安全保障の切り口で」

長野禮子 
 
 秋深まる11月13日、参議院議員の有村治子氏を迎え、経済安全保障を切り口に我が国の現状と今後の取り組みについてお話し頂いた。  
 経済安全保障とは、通商・貿易、金融、流通、医療といった多岐に亘る分野での脅威と安全保障が切断不可能な関係にある現代国際社会にあって、これらの領域における安全の確保(脅威の除去)が国家安全保障に結びつくという、比較的新しい概念である。
 これまでの軍事・防衛を中心としてその道の専門家(プロ)集団が率いてきた伝統的安全保障の概念とは異なり、所謂「専門家」のいない―裏を返せばあらゆる人々が「メイン・プレイヤー」になり得る―発想である。更に言えば、伝統的安全保障だけで国家は守れない状況にあるということである。
 この経済安全保障を私たちに強く意識させた要因は、コロナ禍で寸断された地球規模の供給連鎖(サプライチェーン)の中で、日本がマスクなどの医療品を中国を含む海外からの輸入に依存しているという現実を身をもって体験したことにある。近年、自動車など最終財を製造する多くの国々は、そのサプライチェーンの中に中国が部品やソフトウェアの供給という形で入り込むことで、目に見えた戦闘や侵略のないまま「静かに進む侵略」を受入れ、いつの間にか中国のコントロール下に置かれてしまっているという現実問題を抱えている。
 米国では2016年にトランプ政権が誕生して以降、自国市場からの中国の「デカップリング(切り離し)」を速度感をもって進めている。
 日本も多くの日本企業が中国を始めとする世界の国々に展開し商品を供給している状況において、かつては製造拠点や部品供給拠点としての中国を完全に排除することは困難との見方が強く、与党内でも依然として足並みが揃っていない。
 しかし近年、経済安全保障に対する取り組みは見直されつつある。その1つが、日本政府が中国からの移転を検討する企業への支援を開始したことである。国民生活の安全を優先して考える経済安全保障は、党派やイデオロギーを越えて対話を促す概念として大切にする価値ある政策と言えよう。
 中国は2020年5月、豪州が中国に新型コロナをめぐる独自調査を提案したことの報復として、豪州の食肉などが中国市場から排除されつつあり、似たような現象はカナダやフィリピンにも及んでいる。中国は自国の巨大市場を武器に戦わずして相手国の根本を揺さぶる脅しをかけたのである。このことは日本にとっても他人事ではなく、尖閣諸島国有化直後の民間人の拘束など、中国があらゆる分野で戦争を仕掛ける「超限戦」を経験したと言える。
 これに対し、有村氏は同盟や国際社会との連携によって対応して行くべきであると提案する。氏はまた、中国の「千人計画」を始めとする日本の研究成果や中国への技術流出・実用化を断固として許すべきでなく、国家国民の利益に反することは国民の代表として問い続けてゆくことを言明した。
 質疑応答では、有村氏から主権の重要性に関するお話があった。このことは、我が国の領土における防衛義務を全うするための覚悟と、その責任を政治に問う必要と価値を確認する機会となった。「他国の干渉や支配を受けずに自らの権利を行使する至高の権利」たる対外主権は、自国の独立を守る上で国民の理解を促し、その意識を強く発信する必要性が欠かせない。一方で、憲法改正については、政治家が改憲への意欲を言及すればするほど、票を減らすかも知れないという「十字架」を背負っていると、氏の正直な言葉が最後まで頭に残った。
 この国の将来を考える上で、有村氏のような気概ある議員を選出する責任は、有権者である我々自身の双肩にかかっている。このことを改めて認識するいい機会であったと共に、熱く説く有村氏の姿勢に政治家としての頼もしさと、今後の活動への期待を強くした。
 
*新型コロナ感染拡大防止のため、少人数での開催とし、関係者には動画配信とする。
テーマ: 「経済安全保障の切り口で」
講 師: 有村 治子 氏(参議院議員)
日 時: 令和2年11月13日(金)14:00~16:00

第147回
「Dragon against the Sun―中国海軍 vs. 海上自衛隊」

長野禮子 
 
 爽やかな秋晴れの10月27日、元海将・第32代海上幕僚長の武居智久氏をお招きし、トシ・ヨシハラ著、武居智久監訳『中国海軍vs.海上自衛隊――すでに海軍力は逆転している』(ビジネス社、2020年)についてご講演を頂いた。同書は2020年5月に米無党派系シンクタンク戦略予算評価センター(CSBA)から発表された報告書Yoshihara, Toshi. Dragon against the Sun: Chinese views of Japanese Seapower. (CSBA, Washington D.C., 2020).の日本語版である。
 ヨシハラ氏は2006年から2017年まで米海軍大学戦略研究で教鞭をとり、現在はCSBA上席研究員として中国海洋戦略研究をリードする存在である。今回は監訳者であり、同じく米海軍大学特別研究フェローとして海上戦略に実務・研究両面で従事されてきた武居氏ご本人からのお話しということもあり、臨場感のある研究会となった。
 原典の報告書は、2013年に海自艦艇総トン数が中国海軍艦艇総トン数に追い越されたことや、中国海軍が小型のコルベットを年間10隻以上建造していること、艦艇に搭載するミサイル垂直発射システム(VLS)の発射口(セル)の総数を過去15年で15倍に増やしてきたこと等、中国の海軍力が急激に増強してきた事実を最新データによって裏付けている。
 また、報告書は海自が中国海軍に比べてVLSセル総数、ミサイル射程距離において劣勢にあると分析している。特に海自の長距離防空体制への脆弱性が「致命的」とまで言及されており、日本が半日の間に艦隊を失うリスクが極めて現実的だと警鐘を鳴らす。そして、こうした戦力的非対称は日本政府に独自の核抑止検討を強いる可能性があると指摘する。
 中国にとって日本の位置は、中国を封じ込め圧力をかけることのできる「鎖型の防衛線」であるが故に、台湾有事の際にも尖閣諸島、奄美諸島を含む日本が巻き込まれないという保証はない。さらには、中国優位の海軍バランスの不均衡が、日中間の競争に対する期待を生み、中国側に過剰な自信を与え、力こそが日本を服従させる唯一の手段だという認識につながり、好戦的な行動へと奔る可能性を高める。
 結論として、同報告書は対中衝突が運命付けられていると言っているわけではなく、寧ろ日米同盟は抑止力を高め、平和を維持するために十分な位置にあると主張している。ただし中国は平時から日米同盟の離間を狙っているため、防衛力を整備し、対中安保政策を守勢から攻勢へと方向転換することで日米同盟をより強固にすることが重要である。
 近年、米国は沿岸警備隊の太平洋への配備、戦力組成の小型化・無人化等を進めている。残された時間は少ない今こそ、日本は日米が犠牲を払って築き上げてきた同盟システムを守るために行動しなくてはならないのである。
 質疑応答では「日本政府が日米同盟の弱い環(weak link)になった場合は中国が鉄のサイコロを振る誘惑にかられるかもしれない」(196頁)という文言に触れ、米国によるコミットメントへの意図、能力を高めるためには何が必要かという質問があった。そこには、①政治と政治の信頼性、②軍事的信頼性、③国民による日米安保の重要性の認識という三要件がそろうことが必要とのことだった。これら要件のうち、③については私たち国民一人ひとりの認識が同盟強化、ひいては抑止力強化につながることを改めて自覚する必要があると感じた。
 
*新型コロナ感染拡大防止のため、少人数での開催とし、関係者には動画配信とする。
テーマ: 「Dragon against the Sun―中国海軍 vs. 海上自衛隊」
講 師: 武居 智久 氏(JFSS顧問・前海上幕僚長)
日 時: 令和2年10月27日(火)14:00~16:00

第146回
「菅政権の外交政策」

長野禮子 
 
 菅義偉政権誕生から丁度1ヵ月経った10月16日、自民党副幹事長で衆議院議員(大阪14区選出)の長尾敬氏をお招きし、菅政権の外交政策をテーマにお話し頂いた。長尾氏は保険業界出身のいわゆる「厚労族」であるが、経済安全保障を推進し、日本チベット国会議員連盟に名を連ね、緊迫する尖閣諸島周辺海域にて地元漁業関係者を支援するなど、日本及びアジアを取り巻く外交・安全保障に精通しており、今回はご自身の経験と菅新政権の外交スタンスを絡めた幅広い話題を提供頂いた。
 まず、チベットに関連して菅新政権は間もなく対印ODAスキームを活用して、チベット難民への支援を開始する。難民キャンプでの小規模水道事業支援に過ぎないのと、コロナ禍により遅延しているが、我が国の支援が直接チベットの人々に届くことは長年の悲願であり、大きな一歩である。
 次に経済安全保障について、長尾氏は外国資本による企業買収や土地取得といった営為活動を国防の観点から監督する統合的機関として米国対外国投資委員会(CFIUS)に倣った機関の設置を急ぐべきだと主張する。1979年までは外国人による土地取得は許可制であり、WTO加盟の段階で無許可になった。また健康保険に関しては1986年までは外国人の加入は不可能だったが、日本と諸外国(主に米国)対外貿易不均衡に起因する外からの圧力に晒された80年代後半、市場開放アクションプランの一貫として開放されたことに端を発する。
 しかし、昨今の日本を取り巻く安全保障環境の変化は経済面にも及ぶことから、長尾氏は国内市場、企業の先端技術、国土等の保全は今や喫緊の課題であると警鐘を鳴らす。菅政権は前政権を継承し、新国際秩序創造戦略本部(本部長:岸田文雄政調会長、座長:甘利明税調会長)主導で経済安全保障体制の整備を進めている。
 最後に、菅政権の外交方針は基本的に前政権の継承となるとみて間違いない。対中政策をめぐっては日米豪印の枠組みで中国を牽制してゆく。ただこれまでの対中政策は「日中友好」を背景にした政治家のエゴのようなもの、日本財界の利益が優先され、それよりも大事な国家安全保障が蔑ろにされてきたきらいがある。昨今の尖閣諸島をめぐる状況の放置は国益の損失を招きかねない。前例を当たり前とせず、「日中友好」から距離を置く政治的決断をすべき時機が到来している。
 質疑応答では尖閣有事を想定した政治的な決断の重要性に及び、会場では熱を帯びた充実した対話が行われた。日本を取り巻く外交・安全保障環境が刻一刻と変化している今、外圧によって変化が生じる従来の日本のスタンスに固執するのではなく、長尾氏のように決意の「強さ」と「重さ」を示せる人物が一人でも多く立法府にいることが重要ではないか。今後も長尾氏と菅新政権の外交・安全保障分野での活動を注視したい。
 
*新型コロナ感染拡大防止のため、少人数での開催とし、関係者には動画配信とする。
テーマ: 「菅政権の外交政策」
講 師: 長尾 敬 氏(自由民主党副幹事長・衆議院議員)
日 時: 令和2年10月16日(金)14:00~16:00

第145回
「最近の中国情勢」

長野禮子 
 
 爽やかな秋晴れの9月28日、評論家の石平氏をお招きし、最近の中国情勢をテーマにお話し頂いた。
 まず、石平氏から菅義偉新総理と習近平中国国家主席との電話会談の経緯と背景について分析報告があった。時系列では、9月16日午後2時頃、菅氏が新首相に指名されるとその僅か2時間後、中国外交部スポークスマンから新首相就任に対する言及と習近平による祝電が予告された。実際16日夜には中国政府系報道機関が習氏の祝電について報じた。実は今回の中国側の総理就任に対する一連の動きは異例中の異例であった。そもそも中国の認識では、国家元首たる国家主席と「同列」は天皇陛下であり、内閣総理大臣は「格下」だ。その「格下」に対して、就任当日のうちに祝電を打つというのは前代未聞の出来事である。
 ではなぜ習氏はそこまでする必要があったのか。その背景には習氏側に国賓来日を是が非でも実現したい思いがある。特に「四面楚歌」状態にある外交がその焦燥感を駆り立てる。貿易の域を越えて苛烈化する対米摩擦、中印国境紛争の頻発、新型コロナ原因調査をめぐる対豪関係悪化、華為問題による対カナダ関係の冷え込み、香港国家安全維持法可決に伴う対英関係悪化、チェコ上院議長の訪台に伴うEU諸国との急速な関係冷え込みといった袋小路である。このように現在中国を取り巻く国際関係は自らの悪手もあって悉く悪化し、孤立化の様相を呈している。この状況は今の中国外交政策が相手国に向くのではなく、習近平の顔色を窺って決定しなくてはいけないことが原因だ。これは2017年10月の共産党大会以来、習氏が進めてきた個人独裁の強化、「新しい皇帝」として君臨してきたことの産物と言える。
 そこで25日夜の日中電話会談である。中国は真っ先に祝電を送ったにも拘わらず、日本は豪、米、独、EU、英、国連、韓、印の元首達との電話会談後に中国との電話会談を行っている。しかもそれは痺れを切らした中国側からの要請に基づいた電話会談であった。そして報道の通り、菅総理は習氏に対し国賓来日について約束はおろか、言及することすら無かった。習氏は完全にメンツを潰された格好だ。それでもなお中国は 10月王毅外相を日本に送り国賓来日のための工作を行うという。
 今回の質疑応答では今後の日本の対中政策を考える手掛かりが窺えた。菅新政権の下で日本の取るべき外交方針についての質問に対し、石平氏は日米同盟及び日米豪印からなる戦略対話(Quad)枠組みの強化を挙げた。石平氏の言葉を借りれば、「菅(すが)にすがる」姿を見せる習氏に日本は手を差し伸べるべきではないのだ。寧ろ、英米豪ニュージーランドとの情報機関交流を目的にしたUKUSA協定(通称、ファイブアイズ)への参加を進め、日本の「目」を強化すべきだろう。そして台湾は勿論だが、中国の脅威に晒されるフィリピンやベトナムといったアジア諸国とともに自由と民主主義、法の支配、基本的人権といった価値に基づく外交を展開し対中包囲網を固めることが新首相の下で採るべき「対中政策」であって、国賓招待は白紙に戻すべきではないか。
 
*新型コロナ感染拡大防止のため、少人数での開催とし、関係者には動画配信とする。
テーマ: 「最近の中国情勢」
講 師: 石 平 氏(JFSS政策提言委員・評論家)
日 時: 令和2年9月28日(月)14:00~16:00

第144回
『令和2年版外交青書』の説明を聞く

長野禮子 
 
 菅新政権発足の16日、外務省総合外交政策局政策企画室長の松原一樹氏をお招きし、『外交青書2020(令和2年版)』(第63号)について、お話し頂いた。
 まず、松原氏から『外交青書』の作成を担当する政策企画室についての説明があった。米国務省Policy Planning Divisionに倣い設置されたこの課室は、(1)国際情勢の調査・分析並びに中長期的・戦略的外交政策の企画立案、(2)国内外に対する発信を主たる活動とする部署である。そもそも『外交青書』とは、発行年前年1年間の国際情勢と日本外交について記した外務省刊行物であり、1957年(昭和32年)から発行している。通例4~5月に閣議配付、7月頃より市販となるが、近年では英語に加えて西語や仏語での発信も行っている。
 近年、『外交青書』の発刊は国内外から注目を集める傾向にある。国内を見てみると、前年度版との比較という観点で、その文言や扱う分量などの変化に着目し、重要課題の継続性・変化について報道されることが多くなった。海外を見てみると、台湾、韓国、ロシア等の周辺国の外務省報道官談話や各種メディアによって積極・消極両面で報道されている。
 また『外交青書』は国際情勢を反映して日本外交の目標・原則を確認する役割を持つ。初版の1957年と2019年を比較してみると、日本外交の目標が「自由と正義に基づく平和の確立と維持」という消極的なものであったのに対し、2019年は国際秩序の維持・発展と国益の確保という、より積極的なものに変化した。また、外交活動の原則は1957年が「国連中心」、「自由主義諸国との協調」、「アジアの一員としての立場を堅持」という三原則から、2019年には「積極的平和主義」へと変化している。
 そして『外交青書』からは、日本外交が時の国際情勢の変化を察知し重点分野を据えてきたことが窺える。1957年の国際情勢は東西冷戦や軍縮交渉、中東情勢の転換、核による均衡という背景があるものの、日本外交の重要課題は周辺国との善隣外交、経済外交、対米関係の調整といった、やや国際情勢とは乖離したものだった。2019年になると、中国を念頭に置いたパワーバランスの変化、サイバーや宇宙空間等脅威の多様化・複雑化、保護主義の台頭、感染症など地球規模課題の深刻化、中東情勢の不安定化、北朝鮮などの東アジアの安保環境が国際情勢の変化として捉えられている。これに対し、日米同盟の強化、北朝鮮への対応、近隣諸国(中韓露)外交、中東情勢への対応、経済外交、地球規模課題への対応という6つの外交重点分野を設定している。
 質疑応答では、益々厳しい状況にある米国を始めとする西側諸国の中国包囲網が作られようとしている状況を前に、日本外交の取り組みの緩さが指摘されたが、日本としてはまだ、中国との関係改善に対する余地があるとの回答であった。このことについての具体的説明はなかったが、安倍政権継承を唱え誕生した菅政権の対中政策に、国民の期待は反映されるのだろうか。
 
*新型コロナ感染拡大防止のため、少人数での開催とし、関係者には動画配信とする。
テーマ: 『令和2年版外交青書』の説明を聞く
講 師: 松原 一樹 氏(外務省総合政策局政策企画室長)
日 時: 令和2年9月16日(水)15:00~16:30

第143回
「冷戦期米ソの日本政界資金工作」

長野禮子 
 
 今回は、ソ連、ロシア研究においては日本を代表する権威と言われる名越健郎先生をお招きして、氏が昨年末上梓した『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)を基に、冷戦期における米ソによる日本政界への資金工作についてお話し頂いた。
 まず、米ソが情報公開している公文書館について、例えば米国では「米国立公文書館」や「大統領の図書館」等、ロシアでは「現代資料保存センター」や国立公文書館、日本では「外交史料館」等が挙げられた。
 次に、外国資金援助の規制では、日本の政治資金規正法(1948年)と、主要国の外国政治資金規制に触れ、その中身の違いについての説明があった。日本でも与野党国会議員らによる受領疑惑が浮上した事も話題となった。
 1945年から始まった米国の対日工作は1972年の沖縄返還、田中首相訪中まで続く。この間の動きとして、米NSC、CIAの活動による戦後の日本を反共の拠点とするための対日政策の実態、例えば自民党結成への働きかけや巣鴨プリズンに収容されていた岸信介への接触もあったことなどの説明がなされた。とは言え、特に岸に関連する史料の多くは依然として機密指定が解かれていないという。
 また、1958年の衆議院総選挙は自由民主党と日本社会党との事実上の一騎打ちとなったが、下馬評での支持率が芳しくなかった岸内閣に対して、佐藤栄作が米国に資金援助要請をしている。この他、1965年の沖縄・地方選挙時には、当時ベトナム戦争を戦っていた米国は、沖縄の政情不安を回避するという目的から、ライシャワー駐日大使が自民党を通じて保守勢力への資金援助を提案したことも明らかになっている。
 続いてソ連の対日工作では、コミンテルンはアジアでは中国共産党や日本共産党の結成を促した他、戦後ヨーロッパでもフランスやイタリアで共産党の勢力を伸ばしていった。但し、戦後のソ連側(KGB、共産党国際部)のテコ入れは日本よりもヨーロッパの方が強く、それは援助額の差(後述)に表れている。
 また、上述の1958年総選挙で振るわなかった日本共産党(1議席)は、それまでの戦略の見直しもあって、以来ソ連と距離を置くようになった。一方、ソ連は1964年頃から日本社会党へ接近するようになった。しかし、その援助は資金援助というよりは日ソ友好貿易協会を通じた間接援助の性格を有しており、売り上げ・利益の一部が日本社会党系の商社へ回されていた。
 最後に米ソによる具体的な資金援助については、日本共産党10~25万ドルに対して、主にフランス、イタリア等には500万ドルを超える資金提供をしており、冷戦の主戦場はヨーロッパであったと言える。また、日本の政党(自民、共産、社会)が資金を受領する際は、岸・佐藤、野坂・袴田、成田・石橋など、個人を窓口として提供されたため、その用途は不明なものも多く、この点は米ソ側の文書にも一切記載が無いという。
 このように、戦後史における両大国の対日政策が個々の歴史的事象に作用していたことまでは分かるものの、当時の国際社会に渦巻く利害の全容解明は容易ではない。戦後75年、情報公開が進む今、各国の研究者の公正な目による分析に期待し、20世紀初頭からの「歴史」を改めて享受したいものである。
 
*新型コロナ感染拡大防止のため、少人数での開催とし、関係者には動画配信とする。
テーマ: 「冷戦期米ソの日本政界資金工作」
講 師: 名越 健郎 氏(JFSS政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授)
日 時: 令和2年8月7日(金)15:00~17:00