Key Note Chat 坂町

第170回
「勃興する中露の民間軍事会社(アフリカ編)」

長野禮子
 
 今回は危機管理コンサルタントとして、パプアニューギニアやアフリカ等で長年テロ対策や対人警護、犯罪予防、治安情報の収集分析等に携わりセキュリティマネージャーとして豊富な経験を持つ丸谷元人氏をお招きした。以下、氏からの報告の一部を記す。
 2019年2月、アメリカ・アフリカ軍司令官のトーマス・ワルドハウザー将軍(当時)は、米上院軍事委員会の公聴会で「中国人はアフリカにカネを持ち込み、ロシア人は筋肉を持ち込む」と述べた。
 近年、ロシアはアフリカ諸国の反仏感情をうまく利用し、その影響力を増大させている。その方法として、ワグナー社(露民間軍事会社)を利用した傭兵、武器と資源の取引、不透明な契約、偽情報を多用したSNS等での心理戦や、影響力を行使するための非合法な手段が屡々見られる。しかし、ロシアは他国と異なり、アフリカに対する経済投資、貿易、安全保障支援は行っていない。経済的見返りは、石油やガス、金、ダイヤモンドといったアフリカ大陸の膨大な天然資源への優先的なアクセスである。戦略的には、地中海東部での足場確保、紅海での軍港アクセス、天然資源採取機会の拡大、欧米の影響力の排除等が考えられる。
 一方中国は、2013年からの「一帯一路」政策以降、金銭的にも大規模な投資を行ってきたが、軍事プレゼンスについてはできるだけ見せない姿勢を維持してきた。シーレーンの安全確保とアフリカにおける「クィック・レスポンス能力」確保のため、ジブチにおいては軍事基地を展開したが、最近では、民間軍事会社が活用され始めている。
 それに対するフランスの反発は激しい。フランスはセネガル、マリ、コートジボワール等14のアフリカ諸国に対してCFAフランによって間接的経済支配を敷いてきた。14諸国は、CFAフランを「事実上の植民地支配」として反発し、自国通貨の導入を目指したが、その時の国家指導者の多くは不慮の死を遂げてきたという。通貨以外でも、仏政府による天然資源購入の優先的権利・仏企業の契約及び入札の優先・仏製兵器の独占的販売・仏軍の駐留と軍事介入の権利・年資材状況報告の義務・仏政府の許可なしに他国との軍事同盟の禁止・海外の戦争には常に仏軍に従うこと・公用語(教育も)は仏語とする等、独立国としての地位は与えられていない。
 かつてジャック・シラク元仏大統領は「アフリカを失えば、フランスの国力を第三世界の水準まで落とすことになる」と言ったそうだが、毎年56兆円とも言われるアフリカマネーは、まさにフランスの生命線として維持されているということである。フランスにとって中露の浸透は脅威だが、現地人はこれを歓迎しているらしい。
 最近では中央アフリカで未確認飛行物体によるワグナー社への攻撃が行われ、また中国企業が操業する同国の金鉱では、同国大統領の中国接近というタイミングで複数の中国人労働者が謎の武装集団によって殺害されるという事件が起きているそうだ。
 このような状況下で、中露は共に自国民の保護と自国権益の確保(特に地下資源へのアクセス)の観点から、民間軍事会社の強化に力を入れている。アフリカは最後のフロンティアであり、日本にとっても重要な地域である。日本は官民共にセキュリティに対する意識が桁違いに低く、専らセキュリティ会社に依存することで「安心」を買っているが、このままでは資源獲得競争に完全に後れをとることになるだろう。
 丸谷氏の話で遠いアフリカと未だ植民地政策を続けるフランスの国柄を知った。先のマクロン大統領訪中におけるウクライナ戦争、台湾有事に対する発言も西側諸国で物議を醸しているようだが、これも国益優先の一環としてはやむを得ないということか。
テーマ: 「勃興する中露の民間軍事会社(アフリカ編)」
講 師: 丸谷 元人 氏(JFSS政策提言委員・危機管理コンサルタント)
日 時: 令和5年4月10日(月)15:00~17:00

第169回
「首脳会談後の日韓関係」

長野禮子
 
 3月16日、韓国の尹錫悦大統領が来日。戦後最悪と言われる日韓の冷え切った関係打開に向けて約5年ぶりに首脳会談が行われた。今回は韓国事情に最も詳しい元駐韓大使の武藤正敏氏をお招きし、これまでの経緯をおさらいしながら、今後の日韓関係についてお話し頂いた。
 韓国人の歴史観は「期待や願望」が優先された「歴史」と言われる。「竹島」「従軍慰安婦」「強制連行」「強制徴用」、また、安全保障では「レーダー照射」問題等々が日韓両国の関係を難しくしてきた。
 今年の3・1独立運動記念日の演説で尹大統領は日本を「軍事的侵略をする国ではなく、協力のパートナー」だと述べた。歴代大統領の発言にはなかったことである。これは政治に「反日」を利用しないという尹氏のメッセージと受け止める。日本側は1965年の日韓基本条約で「解決済み」との立場を堅持し、首脳会談を受け入れ、「改善」への一歩とした。これが観測気球の役割を果たし、韓国では今回の所謂、徴用工問題の解決策も「日本に譲歩した」との批判もあったが、支持率の下落幅は2‐4%と小さく、韓国メディアは、「苦肉の解決策」だと評した。元徴用工を支援する市民団体や弁護士会は「解決はビジネスの終焉」を意味することから猛反発しているが、最近では反日集会に参加するより、日本旅行を楽しみたい若者が増えているらしい。
 尹氏はまた教育・労組改革にも乗り出し、最強硬労組である貨物連帯のストを収拾した。韓国の左派には朴正煕政権下で弾圧された40~50代の人々や親北政策に影響された人々が多く、彼らは今、各界の幹部となっているが、かつての日本製品不買運動や訪日自粛運動の頃の雰囲気はなく、随分様変わりしているようである。経済悪化と親北政策を進めた文政権への反発もあり、若者達は北朝鮮を同胞とは見ていない。これが尹氏支持となったようだ。
 今回の首脳会談は、「失われた10年」の関係回復の出発点と評価する声が多い。「ちゃぶ台返し」をされてきた日本としては、どれほどの信頼を置くか疑問視する声もあるが、それをさせないためにも日本企業2社が「未来パートナーシップ基金」に協力し、中長期的に考えれば、尹政権をサポートした方が良いと、武藤氏は語る。尹氏にとって3月訪日、4月訪米、5月のG7開催前に解決したい思惑もあり、「国益」を重視した外遊が続く。
 今後、日韓のシャトル外交の復活により、懸案事項解決に向けての協議が重ねられることで、東アジアの平和と安定に積極的に取組んで行くことが双方の国益に繋がることは誰もが理解する。“歴史”は「期待や願望」「好き嫌い」で語るものではないことも韓国に理解していただきたいものである。
テーマ: 「首脳会談後の日韓関係」
講 師: 武藤 正敏 氏(JFSS顧問・元大韓民国駐箚特命全権大使)
日 時: 令和5年3月22日(水)14:00~16:00

第168回
「『防衛3文書』と今後の日米同盟」

長野禮子
 
 今回は前回に引き続き「防衛3文書」が閣議決定されたことによる米国の見解と今後の日米同盟について、元米国務省日本部長のケビン・メア氏にお話いただいた。以下、メア氏の講演内容の概要を記す。
 
米国「防衛3文書」歓迎
 米国は日本の安全保障政策が以前より現実的になったことを歓迎。「防衛3文書」は、2012年に発足した第二次安倍政権から引き継いだものであり、当時の安倍総理を始めとする菅官房長官、岸田外務大臣、小野寺防衛大臣で取り組んでいたことから、岸田政権で閣議決定されたことの意義は極めて大きい。岸田総理はパシフィスト(平和主義者)のイメージを持たれているが、今回このことが奏功し、目立った反対の声が出なかった。もし安倍政権だったら大変な反対が起きただろう――。
 米国では「防衛3文書」により、ワシントンD.C.での日本の地位とイメージは確実に上がった。これまで日本は米国のパートナーとは言えない部分もあったが、今、日本の反撃能力保有に反対する者はなく、寧ろ日本への期待が増している。「防衛3文書」では、日本が東アジアの平和と安定に寄与することが謳われているが、これは日米安保条約第6条の米国の負担だったものだ。日本の変化を米国は歓迎している――。
 
防衛費増額について
 GDP比2%。5年間で43兆円はいい意味で驚きだった。財務省が台湾有事が実際に起きた場合の経済的混乱を想定し同意に至ったことを評価。
 
統合司令部設置
 1月の日米2+2における最も重要な点は、日本が常設の統合司令部を設置することであり、米国がこれを歓迎したことだ。現在この司令部をいつ、どこに発足させるかが注目されているが、たとえ始めは小規模であっても、肝心なのはスピーディに対処し、設置を急ぐべきだ。米国のインド太平洋軍司令部と日本の自衛隊は共同して調整・運用していくべきところを、これまではインド太平洋軍司令部のカウンターパートが日本側になかった。今までは抽象的なことを言って済ませてきたが、これからは戦術、役割分担など、Battle Management(戦闘管理)の観点から具体的な調整が必要となり、綿密に調整しないと効果は得られない。これは実際のWar Fightingに必要であり、政治や行政の問題ではない。現在設置場所の検討が行われ、市ヶ谷が有力視されているが、横田の方が適当だろう。戦いはプロに任せた方がよい。
 
継戦能力維持の重要性
 特に半導体やレアアースのサプライチェーンの確保が必要となる。同時に自衛隊の人員不足解消が重要である。米軍には住宅手当がある。また、復員軍人援護法があり、退役軍人を支援している。若者には、大学の費用を国防総省が負担し、若い兵士の募集に役立っている。金があっても人がいなければ国は守れない。
 
サイバーセキュリティへの取組
 サイバーセキュリティに関する取り組みは、日本もかなり進んできたが、セキュリティクリアランスが大変だ。日本の一番の問題は、専門的知識を有する人材の不足である。日本の警察が怪しい組織のコンピュータに入って行こうとしないのも問題である。
 
防衛装備移転3原則
 防衛装備移転3原則の変更は政治的に難しい問題だが、日本の覚悟を示すことになる。殺傷能力があるものは輸出できないというが、殺傷能力がないものを欲しがる国はない。その結果、防衛産業が伸びない上、防衛産業の高齢化も進む。日本政府はこれを支援し、次世代に繋げていく必要がある。民間企業の設備拡張はリスク高い。米国のように、政府が施設を持ち、運用は民間が行うという契約にすればよいだろう。
 
台湾有事への米国の取組
 「台湾」は米国内で特別な地位を得ている。台湾有事に米国は「関与しない」は、米国民が許さない。しかし、台湾に自国を守る覚悟がなければ、米国は支援しないだろう。
 
 今回の「防衛3文書」で日本は国際社会にその覚悟を示した。緒についたばかりの3文書をこれからどう具現化し実行するかが問われる。米国を始めとする西側諸国の期待と信頼に応えるべく、国民の理解を背景に「普通の国」への歩みを力強く進めていただきたい。
テーマ: 「『防衛3文書』と今後の日米同盟」
講 師: ケビン・メア 氏(JFSS特別顧問・元米国務省日本部長)
日 時: 令和5年2月7日(火)14:00~16:00

第167回
「『戦略3文書』概要説明」

長野禮子
 
 昨年12月に閣議決定された「防衛3文書」は冷戦期以降初の日本の安全保障政策の大転換として、国内外で高い評価を得ている。今回の岸田総理の欧米5ヵ国歴訪(1月9~15日)では、仏・伊との2+2開催を取り付け、英国では日英伊との次期戦闘機開発の確認、英国との「円滑化協定」署名、カナダでの「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けての連携強化等、総理訪米直前の日米2+2では「宇宙協力協定」の署名などが報じられた。岸田総理訪問に際し、バイデン大統領は「日本の果敢なリーダーシップ」を称え、全面的支持と日米同盟を「現代化」すると言明、首脳会談では「日米同盟の抑止力と対処力を強化する」と国内外に表明したとの報道が続いた。5月開催のG7サミットの議長国として関係国との更なる信頼関係を深めたようである。 
 
 今回は安倍元総理の信頼篤く長きに亘り安倍政権を支えて来られた前防衛事務次官の島田和久氏をお招きし、「防衛3文書」作成に当たり、その経緯や概要をお話いただいた。
 冒頭、島田氏は、3文書の所感として、ここに至るまで約10年を要したが、「防衛省は目覚めた」と述べ、以前の防衛省とは明らかに違うという見方を示した。ただ、「まだ目覚めたばかり」であり、引き続き課題解決に向けての努力の必要性も併せて説いた。
 その1つが、防衛省には必要最低限の防衛力保持を謳う基盤的防衛力構想の呪縛が残っており、これが染みついているということである。防衛予算についてはまず財務省に相談してから官邸に持って行くというカルチャーが存在してきた。予算の概算要求にはシーリングがあり、それを超える予算要求はできないということである。
 今回、自民党は予算のシーリングを外した。それを衆参の選挙の公約に掲げ、民主的かつ透明性のある手続きを踏んだ。43兆円はその結果であった。特に安倍元総理が率いた清和研は独自の提言をまとめ、48兆円を提示し、議論を引っ張った。また、自民党は「反撃能力」も選挙公約に掲げた。これにも清和研の提言が大きく貢献した。野党やマスコミが言う「唐突」な閣議決定などでは決してない。
 しかし、「目覚めたばかり」の防衛省には、予算の積み上げ、自衛隊の人員不足、法整備の後れ、非核三原則、防衛産業維持等、問題は山積している。
 それらを踏まえ、岸田総理は「現実の脅威に対応するのに必要」な防衛力を持つと明言した。総合的包括的抑止(DIME)、反撃能力(敵基地攻撃能力)保有、NATO並みの防衛費GDP比2%――は、防衛力を抜本的に強化する日本の「国際公約」となり、今その覚悟と責任を示したということである。
 「防衛3文書」はこれから血液を循環させ、筋肉を付け、実践に備えるべく具体的な作業に入る。刻々変化する安全保障環境に対処すべく十分な抑止力と強靭な国家としての総合力を付ければ、それを背景とした外務省、日本外交はこれまでにない大きな支えを得ることとなり、バランスの取れた先進国としての信頼はさらに高まるであろう。洋々たる船出の日に期待したい。
テーマ: 「『戦略3文書』概要説明」
講 師: 島田 和久 氏(JFSS顧問・前防衛事務次官)
日 時: 令和5年1月18日(水)15:00~17:00

第166回
「ウクライナ戦争後インド太平洋に進むEU:その海洋戦略と日印の重要性」

長野禮子
 
 今回は、スウェーデンから来日中のインド人研究者、ジャガンナート・パンダ氏をお招きし、上記のテーマに沿って話を伺った。
 ロシアによるウクライナ侵略が始まって以降、ウクライナと台湾がよく比較されるが、類似点としては、両方とも民主主義国であり、ウクライナの隣にはロシア、台湾の隣には中国という専制国家大国が存在するということである。相違点としては、ウクライナは独立国家であり、台湾は独立国家ではないということだ。台湾危機の重要性については日米をはじめとし、その具体的対処、抑止力の強化が検討されているが、欧州はこれにどう対応すべきかまだ答えを出せていない。
 米国は、中国はウクライナ戦争で得た教訓と多くの国内問題を抱えていることから、台湾侵攻は5~7年後、或いは習近平主席の3期目の終わりから4期目の始めにかけてではないかと見ている。台湾危機への対応策としては、米国だけでなくNATOとの協力が抑止力になる。価値観を共有する有志国が加わればなお心強い。インドにとっても台湾は重要だ。QUADは台湾問題に触れて来なかったが、地域の安定のために検討すべき重要課題である。
 また、EUのインド太平洋政策はまだ発展段階にあるが、EU4ヵ国(独、仏、蘭、チェコ)はこの問題に高い関心を寄せている。一方、NATOがインド太平洋に出ていくことは現状ではあり得ないし、合意も得られないだろうが、インド太平洋との協力はあるべきだ。NATOとQUADの間では、サイバー、科学技術、宇宙、情報、海運、通信、対中政策などの分野での協力が考えられるが、「同盟」を望まないインドとしては、そのような協力関係は、「枠組み」を作って行うものではないと考えている。つまり、日本とNATOとの間での協力は可能だが、インドにとって、軍事同盟であるNATOとの協力は必然的に制限される。ただ、信頼できる抑止力を得る為に欧州との協力は必要であり、EU・インド太平洋の協力は重要となる。海洋戦略を見ればEUにとって日本とインドとの協力は極めて重要である。
 中国が事を起こせば日米豪が黙ってはいない。従って、インドは軍事同盟に署名する必要もない。中国が台湾を攻撃した際、インドがどう対応するかは、米国や日本がどう反応するかにかかっている。その時の条件、状況次第だ。
 インドを取り巻く国際環境は複雑であり、歴史的にロシアは中印国境紛争でインドを支持してきた。例えば、台湾の民進党の立場はインドにとっては好ましい。もし台湾がこの問題でインドを支持するのであれば、インドは台湾への支持を宣言するだろう。中印国境紛争で中国との交渉材料となる。つまり、軍事同盟も交渉次第ということだ。どの国も「ビジネス」をするものだ。全ては、どのような状況が生起し、どのような交渉がインドと台湾、或いはインドと中国の間になされるかにかかっている。
 
 以上、パンダ氏の話を簡単に記してみた。同盟国を持たないインドの考え方や立ち位置を改めて認識する機会となった。安倍元総理が提唱した「自由で開かれたインド太平洋」構想をさらに発展させ、互いの国益のために理解を示しつつ、この地域の安全と安定に向けての日印関係の強化、深化に努めていただきたい。
テーマ: 「ウクライナ戦争後インド太平洋に進むEU:その海洋戦略と日印の重要性」
講 師: ジャガンナート P. パンダ 氏(JFSS上席研究員・安全保障開発政策研究所ストックホルム南アジア・インド太平洋センターセンター長)
日 時: 令和4年12月6日(火)13:30~15:30

第165回
「10月に発令された米国の対中半導体制裁とわが国経済界への影響」

長野禮子
 
 今回は、経済安全保障に詳しい平井宏治氏をお招きし、中国の軍民融合政策とそれへの米国の対抗措置について、以下のようなお話を伺った。
 現在、中国は軍民融合政策を掲げ、力による国際秩序の変更を推し進めている。産業政策である「中国製造2049」では、中華人民共和国建国100周年の2049年までに世界最強の製造強国となると公言している。これは、米軍を打倒できる科学技術を得ることを意味しており、それには民間企業を通じて外国の技術を取得することが戦略として必要となる。そうして中国が2049年までに米国に取って代わろうという10分野は、次の通りである。①次世代情報通信技術、②先端デジタル制御工作機械とロボット、③航空・宇宙設備、④海洋建設機械・ハイテク船舶、⑤先進軌道交通設備、⑥省エネ・新エネルギー自動車、⑦電力設備、⑧農薬用機械設備、⑨新材料、⑩バイオ医薬・高性能医療器械。
 これに対し、米国は半導体規制を強化してきている。コンピュータやスマホはもとより、ハイテク兵器、自動車、飛行機等も半導体なしでは機能せず、中国は高度なプロセッサとメモリチップなどを外国に依存している。高性能半導体は中露では作れない。一方、米国は半導体供給網の中で最も重要な部分を押さえ、先端半導体の設計大手、半導体製造ソフトウェア、装置製造大手の多くが米企業である。日本は、半導体材料の分野で世界的な強みを持っているが、米国の規制拡大の影響を受けること必至である。
 AIは軍事技術を発展させる軍民両用技術であるが、米国政府はどの企業の半導体が中国の軍事関連のAIシステムに導入されているかを把握しており、規制を強化している。また、輸出規制だけでなく、中国による半導体関連企業の買収の阻止も米国は西側諸国に働きかけてきる。
 米政府は、中国企業を米国資本市場から排除する方針で、米公開会社会計監査委員会の監査基準に基づく監査に対する検査を3年連続して実施できない場合、または、外国政府の所有・管理下、中国共産党の影響下にないことの立証義務が果たせない場合、米証券取引所で上場廃止となる。
 米国商務省産業安全保障局(BIS)は10月7日、中国を念頭に半導体関連製品(物品・技術・ソフトウエア)の輸出管理規則を強化する暫定最終規則を公表したが、これは1994年のココム解散以来の最大の制裁となり、先端半導体やスパコンを開発製造する企業については、純粋民生用途でも禁輸対象とされる。このような規制は、米政府内で、先端集積回路、スパコン、半導体製造装置などが大量破壊兵器の開発を含む軍の現代化及び人権侵害に与える影響を検証した結果の措置で、これらの先端技術が中国に移転され、人民解放軍の増強に転用されるのを防ぐという目的が背景にある。これにより、中国によるAIと5G通信の開発が困難になった。
 バイデン米大統領が8月9日に署名したCHIPS法により、米半導体業界には今後5年間で527億ドルが提供されるが、同時に、同法は中国の半導体工場が先端半導体を開発・製造しているか分からない場合、半導体等のエレクトロニクス分野の試験装置・検査装置・製造装置、材料、ソフトウェア、技術の輸出を原則不許可とした。
 これらの米国による半導体規制は、最先端の米国製技術を中国に渡さないことが目的であり、その規制の網は当然、日本、台湾、韓国等の企業にもかけられる。制裁対象のリストであるEntity Listには中国の28企業・大学が、その予備軍としてのUnverified Listには31企業・大学が指定されており、これらの企業・大学と関係のある外国の企業・大学も当然規制対象となる。
 これらのリストに載る中国の企業・大学と取引のある日本の企業・大学は多く、日本への影響は大きい。特に、従来規制されてこなかった純粋な民生エンドユースも規制されることになったことで、規制対象の中国企業と取引のある日本企業のサプライチェーンが崩壊する可能性もある。日本企業は半導体のサプライチェーンを早急に見直さなければならない。さもないと米政府から厳しいペナルティを科せられる恐れがある。
 これに対して、中国は対抗措置を採ると明言し、米国による520億ドル(約7兆8,000億円)の半導体生産への補助を問題視している。だが、現状では、中国の半導体産業は国内需要10~15%程度しか供給できず、中国も国内半導体の産業の育成のため、2030年までに1,500億ドル(約22兆円)の補助金を拠出する方針である。中でもファーウェイ1社で補助金額は8兆2,400億円に上るという。
 米中の半導体を巡る競争の中で、米連邦議会とバイデン政権は着々と規制を強化しつつある。日本政府、企業には、米国に歩調を合わせ、我が国経済界への影響を最小限に留めるべく、検討を期待したいものである。
テーマ: 「10月に発令された米国の対中半導体制裁とわが国経済界への影響」
講 師: 平井 宏治 氏(㈱アシスト代表取締役)
日 時: 令和4年11月16日(水)14:00~16:00