Key Note Chat 坂町

第176回
村上政俊著『フィンランドの覚悟』から

長野禮子
 
 今回は、昨年夏、フィンランド国立タンペレ大学での在外研究を終えた村上政俊氏をお迎えし、フィンランドの歴史、文化、政治、地政学的問題、また日本との関わりについて、幅広くお話いただいた。
 フィンランドと言えば、サンタクロース、ムーミン、そして森と湖の美しい北欧の国として、その景色を思い描いてきた方も多いことだろう。そう、マリメッコ、イッタラ、アラビアといった食器も有名だ。ノキア、福祉、教育・・・と思いを致せば色々出て来る。
 隣接する大国ロシアとスウェーデンに翻弄されてきた歴史をもつフィンランドは、1917年に独立したまだ若い国家である。村上氏が今年上梓した『フィンランドの覚悟』(扶桑社新書)には、1904年、日露戦争勃発によりスウェーデン公使附陸軍武官となった明石元二郎や、オーランド諸島の帰属を巡り一案を投じた新渡戸稲造、ユダヤ人に「命のビザ」を発給した杉原千畝のこともフィンランドに足跡を残した先人として紹介されている。
 フィンランドでは、ロシアのウクライナ侵攻後に北大西洋条約機構(NATO)加盟支持が一気に急増し、今年4月、加盟を果たした。昨年5月、フィンランドとスウェーデンは足並みを揃えてNATO加盟を申請したが、スウェーデンはロシアとの長い国境(1,340km)を接するフィンランドとは脅威認識の違いがあった。フィンランドのNATO加盟により、ロシアの境界線1,200kmは倍増し、陸上国境を警戒するロシアの負担は増えることになった。
 今後スウェーデンのNATO加盟が実現すれば、バルト海沿岸は、ロシア領カリーニングラードを除いて全てNATO加盟国となり、バルト海は事実上のNATOの内海になる。バルト海でフィンランドはオーランド諸島、スウェーデンはコッドランド島を領有しているが、これらは有事では管制高地となる。これらの島々は海底ケーブルの陸揚げの拠点になっており、それらが切断されるとバルト三国が孤立してしまうため、NATOにとってもこの島々は重要である。
 また、フィンランドは「中立国」との認識があるが、実はかなり以前からそうではなく、スウェーデンとともに実質的にはNATO加盟国並みに行動してきた。アフガンやイラクなどへの派兵や、コソボ問題にもNATOと協力して関わってきた。フィンランドの「中立」は独立を維持するための「政策的中立」であり、冷戦終結後は欧州連合(EU)、欧州単一通貨ユーロに加盟し、ヨーロッパと一体化してきたため、民主的選挙が行われ、ロシアへの文化的な親近感も広がらなかった。
 人口550万人のフィンランドは冷戦後も徴兵制が維持され、18歳以上の男子には兵役の義務がある。28万人の軍隊を30日以内に動員できる態勢だという。予備役は90万人。有事になれば戦地へ駆けつける。「自分達の国は自分達で守る」を徹底して実践している。
 最近の世論調査によると、祖国防衛に対する意識は82%、日本は13.2%。この数字の差は何を意味するのか。
2020年、実に75年ぶりに東京のフィンランド大使館に国防武官が着任した。これは軍事、防衛分野における日本との協力を発展させたいという意識の表れである。
 ロシアを挟んだ隣国の隣国という位置関係にある日本とフィンランド。今回の村上氏の講演で、一気にフィンランドが身近に感じられた「Chat」であった。
 
テーマ: 村上政俊著『フィンランドの覚悟』から
講 師: 村上 政俊 氏(皇學館大学准教授)
日 時: 令和5年10月31日(火)14:00~16:00

第175回
『令和5年版防衛白書』説明会

長野禮子
 
 この10年、我が国周辺の安全保障環境は、隣国である中国、ロシア、北朝鮮が軍事力を拡大し、活発化してきたことで激変した。
 今回の白書は、昨年12月に策定された新戦略3文書を踏襲したものであり、「真に国民を守り抜ける体制を作り上げる」との決意を表現する観点から検討した。表紙の題字は、現役自衛官が揮毫し、防衛省・自衛隊の「新たな決意」を表現している。
 白書の構成は、「第I部 わが国を取り巻く安全保障環境」「第II部 わが国の安全保障・防衛政策」「第III部 防衛目標を実現するための3つのアプローチ」「第IV部 共通基盤などの強化」の4部から成る。
 第II部には「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」に関する章が新設され、第III部の「わが国自身の防衛体制」には、「わが国の防衛力の抜本的強化と国全体の防衛体制の強化」「情報戦への対応」「継戦能力を確保するための持続性・強靭性強化の取組」に関する節、「日米同盟」に関する章には「同盟調整機能の強化」に関する節が新設された。
 大きなポイントは、新戦略3文書に沿って「防衛力の抜本的強化」を速やかに実現する必要性が盛り込まれ、反撃能力の保有はこれに含まれる。
 防衛予算については、防衛力の抜本的強化のため、2027年度には2022年のGDP比2%(約11兆円)に達する措置が採られ、5年間で43兆円という、これまでとは大きく異なる予算規模が確保されたことを明記。これにより、将来、防衛力の中核となる「スタンド・オフ防衛能力」「無人アセット防衛能力」などの予算を大幅に増やし、主要な防衛施設の強靭化への投資も加速することとなる。
 また、外国の気球などが我が国の許可なく領空に侵入する場合、武器の使用を含めてより一層厳正に対処することや、武力攻撃事態における防衛大臣による海上保安庁の統制要領の策定、宇宙・サイバー・電磁波分野における専門部隊の新編・拡充、認知領域を含む情報戦への対応、十分な継戦能力を確保するための持続性・強靭性強化の取り組みなどについても記述された。
 新戦略3文書には、一昨年から実施しているJFSSの「台湾海峡危機政策シミュレーション」から抽出された問題点への取り組みが数多く反映された。早期の具現化により、刻々変化する国際情勢に対応するべく強靭な国家造りに貢献して貰いたい。
テーマ: 『令和5年版防衛白書』説明会
講 師: 茂木 陽 氏(防衛省大臣官房報道官)
日 時: 令和5年9月6日(水)14:00~16:00

第174回
「経済安全保障をめぐる国際情勢」

長野禮子
 
 今回は、安倍政権で補佐官を務めた宗像直子氏をお招きし、「経済安全保障をめぐる国際情勢」についてお話しいただいた。
 昨年末に策定された新安保3文書に初めて経済安全保障の概念が盛り込まれた。国家安全保障の境界が、これまで非軍事とされてきた分野にまで拡大し、平時と有事、非軍事と軍事の境目が分からなくなってきている。経済安全保障というと、経済的威圧に対処することを意味する場合が多く、相手の言いなりにならないための戦略的な自立性・不可欠性を重視することになる。日本がこれを行う場合、単独で対処するのではなく、国際秩序を保ち、強化することを目指すことになる。
 2010年、中国は日本を抜き、世界第2位の経済大国となったが、この年、尖閣諸島沖で漁船衝突事件が発生した際、中国は日本へのレアアースの輸出を止め、現地日本人を拘束した。当時の民主党政権(菅直人首相)は、中国漁船の船長を処分保留のまま釈放してしまった。以降、中国は中国に従わない国々に対し、経済的な嫌がらせなど、あらゆる手段で圧力をかけ、自らの政治目的を達成しようと、国際秩序へ挑戦し始めたのである。
 南沙諸島の埋め立て問題をめぐり、2016年に国際仲裁裁判所が出した判断を「一辺の紙くず」と無視した。日頃は国連重視と言いながら、都合の悪いことは無視し、国際秩序の「いいとこどり」をする中国。これは安全保障だけでなく通商の分野でも見られる。
 中国は2001年にWTOに加盟した。そもそもWTOは経済的威圧や差別が起きないようにするために存在する。だが、これらのルールは今必ずしもうまく行っていない。WTOには、①ルールを作る機能 ②紛争を解決する機能 ③監視する機能――という大きな3つの機能がある。ルール作りは全会一致であり、中国が反対すれば新しいルールは作れない。②については、米国の反対で現在停止中だ。③は、中国が通報を怠っており機能していない。この手の国際機関に一旦加盟すると「拒否権」を得てしまう。そのため、WTOは中国に対して批判できなくなった。つまり、WTOは機能しなくなった。
 TPPを作った理由はここにある。WTOの外にレベルの高い者同士が枠組みを作るしかなかった。ここに中国が入るには、国家資本主義を卒業しなくてはならない。中国のWTO加盟の教訓を踏まえ、CPTPPを考えるべきである。
 戦後の日本は戦争を経験していない。国全体で有事に備える発想が弱い。企業は圧力を感じていない。日本の国家戦略が理解できていない経済人が多くいる。しかし、日本はニュートラルではない。中国の台頭はグローバルシステム全体への挑戦であって、各国とも我が事として捉えなければならない。米中覇権競争の帰趨によっては、日本の自由と民主主義も損なわれかねない。ことについてもっと国民の理解を高める必要があろう。
テーマ: 「経済安全保障をめぐる国際情勢」
講 師: 宗像 直子 氏(東京大学公共政策大学院教授・元特許庁長官)
日 時: 令和5年8月10日(木)15:00~17:00

第173回
「中国による台湾進攻のシナリオ」

長野禮子
 
 インド太平洋の安全保障に関して活発な議論が交わされましたが、講師の希望でオフレコとなりましたので、議論の内容は割愛します。
テーマ: 「中国による台湾進攻のシナリオ」
講 師: フィリップ・デービッドソン 氏(前米インド太平洋軍司令官)
日 時: 令和5年7月12日(水)13:00~14:30

第172回
「中国の対日海洋戦略」

長野禮子
 
 今回は、中国の海洋戦略研究の権威である、トシ・ヨシハラ氏を6年ぶりにお迎えした。
 中国の海洋戦略により、中国海軍は「高度の通常戦争」を行うことができるようになった。海洋における最も重大な挑戦である。10年前には考えられなかったことだが、現在、中国海軍の攻撃によって日米の艦隊や航空部隊は重大な被害を蒙り得るとして、以下4つのポイントを挙げた。
 
①中国から見た海洋の地理
 中国の戦略家が4つの列島線―第1(日本)、第2(グアム)、第3(ハワイ)、第4(米西海岸)―を語る時、米国はそれぞれの列島線から中国を攻撃することができる。第1列島線は、中国がコントロールしたい。
②積極的防御
 この戦略は1930年代に毛沢東が提唱した戦略に遡る。中国の敵(米国)は世界中様々な所から攻撃を仕掛けてくることができる。中国は自国が不利であることを認識している。中国は中国本土への攻撃抑止を考え、できるだけ本土から離れた所で敵と戦おうするが、周辺国からは侵略と見える。
③ミサイル時代到来の戦略的意味
 戦術的(短距離の)側面では中国側は今距離を延ばしている。実際、米海軍が中国に反撃しようとする時、中国側の射程の中に入っていかなければならない。加えて、中国は戦闘で優位に立つ為に先制攻撃を考えている。これは米中双方に言えることで、このドクトリンは将来重要になってくる。現在、中国は米海軍のどの艦艇を標的にするかを研究している。
④ロジスティクス(兵站)攻撃
 「情報化された戦争」では敵味方の様々な兵種が複数の領域(陸・海・空・宇宙・サイバー)で戦闘を行い、両軍とも膨大な被害を蒙る。ウクライナ戦争に見るように、兵站が脆弱=弱点となることは中国も認識している。
 「ハード・キル」と「ソフト・キル」、つまり、ハード・キルは物理的に敵の能力を破壊することであり、ソフト・キルはサイバー、宇宙空間を用いて指揮・統制のコミュニケーションを妨害することである。中国も標的を2つに分類する。第1は前線の戦闘用の艦艇・航空機などで、第2は後方の戦略的、作戦的な拠点、即ち、敵の指揮・統制、兵站、防衛産業基盤などだ。当然、この2つは緊密に関係しており、果実と蔓の関係である。
 
 中国は第1列島線の海に面した兵站施設の攻撃を考えている。日本は最大の標的であり、その中に、横須賀、佐世保、嘉手納などの基地が含まれる。また、中国は「本土防衛」とは全く別の戦略として、中国軍のグローバル化を図るため、遠征できる外洋型海軍の艦艇(空母・補給艦・駆逐艦・巡洋艦)を増やしており、戦略の結果として、ジブチなどに進出している。中国海軍は西太平洋に限らず、インド洋、南太平洋でも脅威となりつつある。だが、米国や同盟国はこの脅威に対して真剣に対処してこなかったとヨシハラ氏は締め括る。
 
《補足》日本の新戦略3文書について
 日本が長射程のミサイルを持つことは、長年の不均衡を是正し、均衡に戻す働きがある。戦術的なバランスが正しい方向に向かうだろう。サイバー、宇宙の防衛力強化を打ち出したのは重要だ。米国は日本が常設統合司令部を設置することに期待している。
テーマ: 「中国の対日海洋戦略」
講 師: トシヨシハラ 氏(前海軍大学教授・現戦略予算評価センター(CSBA)上級研究員)
通 訳: 古森義久 氏(JFSS顧問・麗澤大学特別教授)
日 時: 令和5年6月28日(水)14:00~16:00

第171回
「『令和5年版(第66号)外交青書』の説明会」

長野禮子
 
 『外交青書』(以下、青書)は昭和32(1957)年から毎年発行され、「日本外交に対する国民・諸外国の理解を深めることを目的とし、日本の①外交活動 ②国際情勢認識 ③外交政策を記述」したもので、今回で66号となる。
 外務省から横田直文氏をお招きし、『令和5年版外交青書』についてご説明いただいた。
 
外交青書の意義
 青書は2022年を「国際社会は歴史の転換期にある」と位置付けている。ロシアによるウクライナ侵略によって「国際社会の揺らぎ」が起こり、以前から生起しつつあった厳しい国際環境と相俟って、「我が国をめぐる戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」が現出したことを意味するとある。
 今年3月、岸田総理はG7で最後となった日本のウクライナ訪問を果たした。国際社会に対し我が国の立場と認識を旗幟鮮明に示したことは大きな意義を持つ。まずは民主主義国家としての役割を果たしたと言える。
 
国際情勢の認識
 青書に「歴史の転換期にある国際社会」という言葉が初めて用いられた。世界は今、「ポスト冷戦期」が幕を下ろし、戦後築いてきた国際秩序、価値観、人権等々が近年新たな局面として顕在化し、多様かつ複雑に絡まり、次の時代が見えて来ない。
 「ポスト冷戦期」から30余年の光と影を追ってみると、90年代の自由で開かれた安定的な国際秩序の拡大であり、それを前提とした経済のグローバル化と相互依存が進み、世界は国際協調に向かうであろうとの楽観論が多勢を占めた。そこには科学技術の進展やインターネットの普及、人・モノ・カネ・情報が国境を越えて動くという「光」の現象が生み出された。
 だが、それらの動きは新興国・途上国の台頭によってパワーバランスが崩れ、国家間競争の激化をもたらした。さらに、米中対立に見るように、既存の秩序への挑戦、力による一方的な現状変更を試みる勢力が臆面もなく出てきて、その正当性を押し付けようとしている。協調と対立が複雑に絡み合う状況へと変化していったのである。正に拡大した光の裏にある「影」、翳りが広がりを見せてきた。
 ポスト冷戦期の問題が、ロシアのウクライナ侵攻により顕在化し、加速化し、拡大した。新興国がものを言うようになり、グローバル・ガバナンスが難しくなってきた。最早、国際社会が1つの価値観の下に収斂することが困難な時代になった。この問題解決には、多国間主義の下、価値観や利害の相違を乗り越える包括的なアプローチで、新興国などとの連携が求められるが、覇権主義を推し進める国家群に効き目のある対策を立てるのは容易ではない。
 
日本外交の展望
 青書の周辺国に対する表現として、ロシアは「中国との戦略的な連携と相俟って強い懸念」、北朝鮮は「従来よりも一層重大かつ差し迫った脅威」、中国は「これまでにない最大の戦略的な挑戦」とした。また、「台湾海峡の平和と安定の重要性」という文言も多く用いている。これは、青書の戦略的コミュニケーションとしての側面である「中国の外交当局に日本の意志を読み取らせる」ことを意図している。同時に、日本が法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化に取り組むというメッセージであり、価値観を共有する同盟国・同志国との連携を強化していく意志の表れでもある。G7や日米豪印(QUAD)の枠組がこれに当たる。
 自由で開かれたインド太平洋(FOIP)の推進も、重要な日本外交の旗印だ。ルールに基づく自由で公正な経済秩序の拡大は極めて重要であり、CPTPPに見るように、日本は自由貿易の旗振り役としてリーダーシップを発揮する意志を持つ。さらに、今次のロシアによるウクライナ侵略に見る国連の機能不全に対する問題も重要である。日本は、今一度国連憲章の理念と原則に立ち返り、安保理改革を始めとする国連の機能強化に積極的に貢献しようと考えている。
 「歴史の転換期」を生きる我々も、外務省が今後どのような時代を目指し、世界に向けての日本外交を展開し、発信していくのか、注目していきたい。

 

テーマ: 「『令和5年版(第66号)外交青書』の説明会」
講 師: 横田 直文 氏(外務省総合外交政策局政策企画室長)
日 時: 令和5年4月26日(水)14:00~16:00